第8話
そうして何種類かの森の恵みを収穫しながら、ハイキング気分で歩いていると、だいぶ日が傾いてきた。
「体感からして、一日の長さは地球と同じくらいのようです。そろそろ今夜の寝ぐらを準備しますか」
彼はまた木に登ろうとしたが、一陣の風が吹きつけて彼を止める。
「おや? もしや、ここはやめろということですか?」
不思議に思ったトーリは「ちょっと偵察させてくださいね」と言い、木の高いところまで一気に登った。周りを見回すと、どこまでも続く森しか見えない。そして、少し離れた空に、飛び回る黒い影が複数、見えた。距離があるのにはっきりと視認できるということは、身長が数十メートルあるということだ。
「あんな化け物がいるのに、木の上で寝るわけにはいきませんね! 木々諸共(きぎもろとも)押し潰されてしまいますよ」
彼は慌てて木から降りると、森が導くままに進んでいった。
「この世界には、最初に出会ったヒトツノウルフ以外にも恐ろしい魔物がいるんですね。今の僕の実力ではあっさり食べられてしまいそうなので、おとなしく逃げ隠れしていたいと思います」
やがて森の道は、彼を直径が五メートルはありそうな巨大な洞窟へと案内してくれた。
「すごいな、洞窟ってワクワクしますよね」
中に進んでいくと生き物がいる様子はなかったので、トーリはマジカバンの中から一人用のテントを取り出して洞窟内で組み立てた。カバンの中にはちゃんとマットも寝袋もあったので、日本でのソロキャンプ並みの居心地が良さそうな寝床を作ることができた。
「今夜は火を焚いてみましょう。キャンプといえば焚き火ですよ」
彼は森の中を歩きながら、よく乾いた小枝や薪になりそうな木切れを拾った。たくさん集めた薪を持ったトーリは、洞窟の外のひらけた場所に置くと、付近にある石を集めた。
石を馬蹄型に積んで簡単なかまどを作ると、石に沿って太い木をぐるっと置く。その内側に、今度は細い小枝を立体的に組み焚き火の支度をする。
「生活魔法といえば、これですよね。『着火』!」
火打ち石を打ち合わせたようにトーリの指先から火花が飛んだので「やりました!」と喜んだが、小枝に移らせるには残念ながら火力が足りない。
「最初のうちは頼りない魔法ですね。しっかりと練習しなくては」
彼は腰に刺してあったナイフを使って、一本の小枝の表面を薄く薄く削り、毛羽立たせた。
「これはよく切れるナイフですね。フェザースティックがいい感じにできました」
他にも数本、小枝を毛羽立たせていく。いつもよりも上手くできるために楽しくなってしまい、気がついたらフェザースティックを量産していた。このまま延々と作り続けてしまいそうになるところを、なんとかストップする。余分なものはマジカバンにしまい、フェザースティックを薪の一番下に置く。そして、薄い毛羽に向かって数回『着火』の魔法を使っていく。
「空気も乾燥しているから、着くと思うんですけど」
頼りない火花だが、やっているうちに『着火』の練度が上がったらしく、無事に着火して小さな炎があがった。火吹き棒がないので、四つん這いになってフーフーと息を吹きかけた。丁寧に炎を育てると、組んだ小枝がパチパチ音を立てて燃え始め、火が大きくなる。このまま燃やしていけば、やがて太い枝にも火がつくだろう。
次にトーリはマジカバンから無骨な小鍋を取り出すと、指さして「ええとたぶん、『アクア』」と唱えた。すると、指先から綺麗な水が滴り落ち始め、そのまま続けるとやがて予想以上に勢いよくジョボジョボと流れて、鍋をいっぱいにした。
彼が慌てて手を引くと、水が止まった。
「どうやら僕は、火よりも水の魔法が得意みたいですね。アクアヴィーラさんの力添えかな?」
マジカバンの中に用意されていた『初心者冒険者セット』の中に木のカップがあるので、鍋から水を移して少し飲んでみる。
「純粋なH2Oといったところでしょうか。飲めなくはないけれど、名水とは言えませんね」
透明な水にはなにも混ざっていないようだが、実は微量のカルシウム、マグネシウム、ナトリウムなどのミネラル分が含まれていて、名水と呼ばれる美味しい水にはこれらがバランスよく含まれているのだ。
トーリが出した水は不純物が含まれていないピュアウォーターレベルのものなので、飲んでも大丈夫だが美味しさは感じられなかった、
大きな薪にも火がつき焚き火の炎が落ち着いたので、トーリは黒く炭状になった薪を崩してからそこに水の入った鍋を置いた。沸騰したら、来る途中に摘んだ『薬草 刻んで煮るとハーブティーになる』と『解毒の実 お湯に入れると香りがいいお茶になる』を加えた。
少し煮出してから、こし網はないのでそっとカップに移し、飲んでみる。
「美味しい! これは美味しいお茶です、身体もあったまりますね。見かけたらもっと摘んでおきたいものです」
彼はアプラの実と炒った木の実、そして干し肉を取り出すと、お茶を飲みながら夕食にした。
「焚き火はいいですね……」
右も左もわからない異世界でひとりぼっちなのだが、パチパチと音を立てて燃える焚き火を眺めていると、こんな寂しさもいいものだなと思い始めてくるトーリであった。
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