第6話

「あれだけ森の中を走ったし、薮の中をを突っ切ったりもしたのに、他に怪我がないのは不思議ですね。なにかが僕の身体を守っていたのでしょうか? そういえば先ほど、身体強化って叫んだ覚えがありますね……『身体強化』!」


 先ほど夢中で逃走していた時には気がつかなかったが、『身体強化』と唱えた途端にほのかに光る膜のようなものが身体を包み込んだことがわかる。


「これはもしや、魔力というものでしょうか。身体強化が使えたから、運動能力も防御能力も上がっていたんですね。なんでも言ってみるものです。それにしても、恐ろしい獣……もしかすると、魔物かな? がいる世界なんですね。あっ、しまった! 鑑定しておけば良かったです」


 彼は危なげなく木から降りると辺りを見回した。すると、先ほどの狼もどきのものらしい毛が、固い枝に引っかかっているのが見つかった。


「『神鑑定』!」


魔物ヒトツノウルフの毛

耐熱性がある


「なるほど、あれはヒトツノウルフという魔物でしたか。耐熱性があるということは、火には強いということですね。火魔法に耐性があって、氷、もしくは水魔法が弱点の魔物でしょうか。なかなか手強そうですね。僕はまだ属性魔法は使えそうにありませんが、魔物に効くならぜひとも覚えておきたいものです」


 ちなみに属性魔法とはファンタジーゲームでお馴染みのもので、火、水、風、雷などの様々な特性を持つ魔法である。ヒトツノウルフに火の玉を飛ばしてもダメージは少ないが、氷の槍を飛ばせば大きなダメージが与えられる可能性が高い、というわけだ。


 トーリがそのまま「町への道はどこですかー」とうろうろしていると、さわさわと低木や草が動いて獣道を形成した。


「森の精霊さん、お手数をおかけします」


 丁寧に頭を下げてお礼を言う。


 そのまま、今度は気配に注意しながら進んでいくと、辺りが暗くなってきた。どうやら夜になるらしい。


「まだ周りが見えるうちに、今夜の寝床の用意をした方が良さそうですね」


 トーリがマジカバンに手を入れると、リストの中の『ハンモック』という記載に気づく。それと同時に『ナイフ』『エルフの弓矢』という武器の名前も頭に浮かんだ。


「僕はちゃんと武器を持ってましたね! まずは持ち物をきちんと把握すべきでした、反省、反省」


 ナイフの鞘はベルトにつけられるようになっていたので、トーリはさっそく腰に付けた。そして、これからは必ず武器を身につけていようと決心する。


「身体強化と組み合わせて『エルフのトーリ』のスペックを使えば、このナイフでもそこそこの攻撃力が見込まれます。ここは安全な日本ではありませんからね、充分に用心しないと、あっという間に新たな人生が終わってしまって、アメリアーナ様に叱られてしまいます」


 トーリは上を見上げ良さそうな木を見つけると飛びあがり、枝に手をかけると登り始めた。


「我ながらジャンプ力がすごいなあ。エルフは森と仲の良い種族ですから、木登りも得意なんですね。手がかり足がかりが自然にわかります」


 日本にいた時には木登りの経験などなかったトーリだが、このエルフには様々な技術が身についているようだ。

 木の中程まで登ると、彼は手頃な枝に移った。


「なかなかいい眺めですね。ここなら地上の魔物も来れないし、枝が邪魔だから空を飛ぶ魔物がいても来にくいでしょう」


 彼は高い枝にバランスよく立つと、ハンモックを取り出して木の幹に縛り、隣の木に飛び移ってそこにも縛る。広げれば、ずいぶんと高い場所ではあるが居心地の良さそうなハンモックが設置できた。

 念の為に周りの枝を手繰り寄せて紐で縛り、上空から見えにくいように工夫する。


「明日は食べられるものも探したいですね。今夜はこのカバンの中のもので食事を済ませてしまいましょう」


 彼はドライフルーツと炒った木の実、干し肉を取り出してかじって、簡単な夕食を済ませた。

 そうこうしているうちに辺りはすっかり暗くなってきた。エルフは夜目も利くのだが、満天の星を見上げながらもう眠ることにする。

 大丈夫な気もしたが、落下対策にロープを腰に結び、反対側を木の幹にしっかり結んでからハンモックに横になる。


「はあ、いろいろあって、疲れてしまいました。自然の中で素晴らしい夜を過ごせそうですね。それではアメリアーナ様、おやすみなさい」


 木の上のハンモックはとても快適で、トーリは夜が明けるまでぐっすりと眠ったのだった。

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