第3話

「うわあ、びっくり、エルフになっちゃったんですね……そう言えば、声も変わっています。若々しいしまるで声優さんのようないい声で、これはちょっと照れますね」


 あははは、と笑うトーリ。


「トーリさん、カッケー声してますね! いやいや、そんなこともあります、なあんてね、へへっ」


 あまりの事態に、少々混乱しているようである。

 他人との会話が極端に少なかったトーリは、ひとりごとが非常に多い。悲しみのコワモテおっさんである。


「思い出して来ましたよ。綺麗な女神のアメリアーナ様が、もう一度別の世界で人生を楽しんでとおっしゃってましたね。ということは、この世界でエルフとして暮らしなさい、ということなのでしょうか? いいですね、ものすごくいいですね! うーん、一度お礼がてら、アメリアーナ様とじっくりお話ししたいものです。神殿に詣でると、神様とお話ができたりするのでしょうか? それとも、木彫りの神像を作って話しかけてみましょうか」


 トーリは会話に飢えていた。

 彼が首を傾げると、長い髪がサラリと背中を滑る。


「長髪にしたことがないので、変な感じです。邪魔になりそうなので、なにか髪を縛るものが欲しいですね」


 そう言いながら、彼は草の上に置きっぱなしだったカバンを肩にかけて蓋を開けた。中を覗くと意外に深くて、中身がわからない。そこで手を突っ込んでみて驚いた。


「うわあ! これ、いわゆる魔法の鞄マジックバッグじゃないですか!」


 手を入れた途端、彼の脳裏に持っているアイテム一覧が現れたのだ。


「素晴らしいシステムですね。ということは、もしかして……」


 ごくりと唾を飲み込み「ステータス、オープン」と唱えてみる。

 すると、空中に半透明のボードが現れて、そこには日本語ではない文字でデータが書かれていた。


種族 エルフ

名前 トーリ

賞罰 なし

加護 女神アメリアーナ

 

「……これだけ? レベルとか、スキルとか、体力、魔力に得意技やその他いろいろな、ゲームのお約束のあれは? ないんですか?」


 ボードをタップしたりスクロールしようとしたり、しばらくがんばっていたが、他にはなにも出てこない。


「そんな……せめて、鑑定能力とか、エルフっぽく風魔法とか、そういうやつが欲しかったんですけれど」


 ため息混じりにマジックバッグに触れて「鑑定」と唱えてみる。


「詳細鑑定、看破、超鑑定、神鑑定……えっ?」


『神鑑定』と唱えた途端、再び脳裏に文字が現れた。


トーリ専用のマジカバン 容量無限大 時間停止機能付き

女神アメリアーナの加護により、他人に奪われることがない

奪おうとすると恐ろしい天罰がくだる


「鑑定が使えました……しかも、『神鑑定』ですか? すごそうですね。これはもしかしなくても、アメリアーナ様の加護のひとつですね。神ってついてますもんね。あと、この世界ではマジックバッグじゃなくてマジカバンなんですね」


 トーリは変なところに感心する。


「なるほど、ステータスボードには詳しい情報は乗らないということですか。謎の文字を読めるところを見ると、異世界言語習得の能力もありそうですし、これからゆっくりとできることを確認する必要がありそうですね。と、それよりも髪を縛れそうなものは……」


 再びカバンに手を入れて、リストから『幸運の組紐』を見つけて取り出してみる。それは白、銀、水色の紐が複雑に編み込まれた美しい紐で、髪を縛るのにちょうど良かった。


「いいものがありましたね。ええと、『神鑑定』……運命がなんとなく幸運な方向に進む組紐。身につけるとその力が働く。ですか。しばらく使ってみましょう」


 彼は髪をひとつに縛り、大きく伸びをした。


「このキャラを作ったゲームとは仕様が違うみたいですが、マジカバンがあるということは、魔法がある世界ということでしょう。これは楽しみですね。で、これからどうしましょう?」


 彼は再び水辺に行くと、そこに映った顔を見て「優しそうな顔です。それにとても若いですね」と満足そうに微笑んだ。


「金の髪にアメジストのような紫の瞳。作った時には盛り過ぎたと思いましたけれど、現実になるとエルフらしい美しさでいいですね。耳の先は……うん、少し尖っています。エルフということは、精霊と話ができたりするのでしょうか? そうだといいですね」


『あら、わたしとお話がしたいのかしら? 優しそうなエルフさん』


 水面に映った顔が乱れて、そこに新たに女性の顔が現れた。

 トーリは驚いたが、『優しそう』と言われて嬉しくなった。


「……僕に声をかけてくださってありがとうございます、美しいお方」


『まあ、まだお若いのにお上手ですこと』


 鈴が転がるような可愛らしい笑い声がして、水の中から若い女性が現れた。

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