第4話 衝撃の事実

「……勝った」


 壁も床も天井もガスガスのメコメコにへこみ窓ガラスは全て吹き飛んだ廊下に座り込んで俺はうめいた。

 傍らにはバイオテロリストが泡をふいて気絶している。


「長く苦しい戦いだった……」


 ふらふらする頭を押さえながら言う。

 そう言っておかないと説得力がない気がしたのだ。

 無駄だったかもしれないが。


 まあそれはともかく俺は勝った。

 それもこれも委員長が手を尽くしてくれて万全な状態で送り出してくれたおかげだ。

 素手で戦わせられたが。

 しかし俺はえらいので万全な状態だったと自分をだますことができる。


「何にしろ委員長が心配だ。大丈夫なのか?」


 スマホを取り出すがいくら待っても着信はない。

 ただただ重い沈黙と静寂だけがそこにある。


「…………」


 もし仮に上野を探った委員長が逆に返り討ちにあったとして。

 もしかしたらもう彼女はこの世にはいないのかもしれない。

 恐ろしいことだ。

 そうなれば後は俺など多数決の操作だけで簡単に葬ることができる。


「…………」


 一番怖いのは敵ではなく味方とはよく言ったものだ。

 身内こそが本当に恐ろしい敵となる。

 俺は今その真の敵の手の中にいる言ってもいい。


 ふと思う。

 今俺を苦しめているのがA組の多数決だとして、それならば俺は超民主主義そのものに追い詰められていることになる。

 超民主主義は人民のためのものだ。

 人民を幸せにするためにある。

 ならば今苦しんでいる俺はなんなのだ? 人民ではないのか?


 超民主主義は一体何のためにある。


 考え込む俺の手の中で、スマホがピ、と音を立てた。


「…………」


 俺の視線の先で多数決が始まる。

 超民主主義の大義を失った多数決が。


 議案は次に向かう場所について。

 採決の結果は――


「……校長室」


 俺はゆっくりと立ち上がった。










 校長室まで足を引きずっていくと、中から人の声がした。


「テロリストめ……貴様らの狙いはなんだ」


 聞き覚えがある。校長の声だ。

 わずかに震えが混じってはいるが、それは恐れというよりも怒りによるものだ。


「ここにはお前らの望むものなど何もないぞ。いたいけな生徒たちを怖がらせて何が面白い」

「別に面白がるために来たわけではありません」


 答えた男の声には覚えがなかった。

 校長の口ぶりからしてテロリストの一人、というかリーダーなのだろうが。

 落ち着いたその声からは気品すら感じられる。


「我々は取引に応じてはせ参じました。望みの物を手に入れれば静かに立ち去りましょう」

「取引? 誰と? 何をだ」

「とあるお偉方の御曹司と。そして超民主主義の秘密を。とだけ言っておきましょうか」


 たったそれだけの言葉で、校長は察しがついたらしい。


「……二年A組か!」

「ご明察。我々は彼らからその魂とでも呼べるものを奪うために参りました。彼らをそこに縛り付けるもの。それが狙いです」


 ギリ……と校長の歯ぎしりがここまで聞こえた。


「どこまで知っている」

「全てですよ。超民主主義と大層なことを言いながらあそこでやっていることはただの多数決です。しかし彼らは盲目的にそこに固執する。それはなぜか」

「……っ」

「彼らの中にある規律意識に強烈に作用する遺伝子! それがその執着の正体だ。あなたはその遺伝子を持つ子供たちを集めて実験をしていたんだ。なんのためにかは問いません。興味もない。だが、私たちにはそれが必要だ」

「あんなものがか……」


 そう言った校長の声はひどく疲れているように聞こえた。


「あんなもの?」


 テロリストの声に怒気が混じる。


「我々の祖国は長らく腐った政治しかなかった! 悪夢だ! 自由も平等も大志すらもない国など悪夢でしかない」

「だから彼らの遺伝子を持ち帰って革命でも起こすのか」

「その通りです。彼らを差し出せ。我々は変わる。我々が変える」


 声には強い意志と執念が感じられた。

 しかし。


「その結果がこれか」


 嘲笑うように言った校長の声とともに、銃声が鳴り響いた。


「校長!」


 慌てて部屋に飛び込む。

 中には長身の男と、倒れた校長がいた。


「おや、遅かったですね」


 男がこちらに拳銃を向ける。

 その所作すら優美。

 俺は身構えながら慎重に言葉を選んだ。


「投降しろ。もうお前たちに勝ち目はないぞ」

「ハッ、投降? 馬鹿を言わないでください。我々はまだ負けていません」


 そう言って彼は自分の背後を示す。

 そこにあったのはアタッシュケースのようだった。

 しかし、何かがおかしい。


「爆弾ですよ。平和な世でぬくぬくと生きてきたあなたにはなじみがないでしょうが」

「なじみはない。が、問題はない。対処する」

「対処! ははは! 面白いことを言う! さすが二年A組だ!」


 ひとしきり笑うが銃口はこちらを向いたまま離れない。


「面白い。殺してやる」

「校長も殺せなかったのにか?」


 背後を示す。校長は生きている。気を失ってはいるが銃弾は外れていたようだ。

 いぶかしく思って訊く。


「……あの距離で外すのか?」

「う、うるさい! お前は必ず殺す!」


 今度は小銃を構えるテロリストを眺めながら俺はため息をついた。


「その前にいくつか聞きたい」

「なんだ」

「お前たちの取引相手は上野吾郎という男か?」

「……さて、どうでしょう」


 それだけで十分だった。

 すべてが分かった。


「じゃああともう一つだ。俺たちの遺伝子がそんなに欲しいか?」

「当然でしょう。究極の政治へと至る可能性を秘める鍵だ。」


 ピ、とスマホが音を立てる。

 画面には悪即殴の字。

 なんでそんなに素手に固執する。

 スマホをしまって俺はかぶりを振った。


「あまりいいもんじゃないぞ」


 テロリストの顔が覆面の下でこわばるのが分かった。

 その指がトリガーにかかる。

 力が伝わり小銃の内部で機構がかちりと噛みあう音。

 わずかに空気が振れ、それと同時に銃口が火を噴き――――同時に俺は飛び出した。

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