第3話 不穏な気配
放送室にたどり着く。
が、一体ここに何があるというんだ?
俺は怪訝に思いながら放送設備を見回すがそこに疑問の答えはない。
多数決で決まったのだから、何かしら考えあって票を投じた奴が多かったということなんだろうが。
俺は再びスマホを取り出した。
もう多数決が始まっていて、そこに候補がいくつか映っている。
その一つを見て、俺は心臓が大きく跳ねるのを感じた。
『全校放送で敵をおびき寄せ一網打尽』
……なんだと?
テロリストなど恐れるに足りない。
それは事実だ。申し訳ないほど俺は強い。強すぎちゃってごめんなさい。
が、さすがにわらわらと集まってくる集団を敵に回して生き延びられるかというと話は別だ。
そんな無茶をしていては命がいくつあっても足りはしない。
しかし、多数決は無情だった。
『一網打尽』十八票。
過半数、可決。
俺は背筋に流れる冷たい汗を意識した。
スマホが着信を知らせた。
委員長からだ。
『聞こえているかしら』
「はい」
『多数決の結果は見たわね』
「……はい」
俺は声がかすれるのを自覚した。
情けない。
防衛係がこんなことでどうする。
A組ならばどんな時だって多数決を遵守する。それが天地開闢の昔からの定めなのだ。
守らねば死ぬ。多分。いや、死なないかな。でも心に傷を負って立ち直るのに長い時間がかかるに違いない。
なんかそんな気がしちゃってるもの。
「しかし一体どういうことなんですか委員長」
『これは罠よ』
「罠……?」
呆気にとられる俺に、委員長は声をひそめるようにして続けた。
『誰だかはまだ特定できてない。でもあなたを陥れようとしている誰かがいる』
俺を陥れようとしている誰か?
そんな馬鹿な……A組のみんなに限ってそんなことは。
いや……
俺の脳が回転を始める。
その誰かはきっと俺を疎ましく思っている奴だ。
そして多数決を左右できるほどの力もある。
となれば、俺と武装清掃係をめぐって争い、そして自分の自由にできる駒が多い人物……
「田中ですか」
『そう、上野君よ』
「やはり上野ですか」
田中関係なかった。
ごめんよ田中。
俺は目の前のマイクを絶望的に見下ろしながら、力なくつぶやいた。
「なんとか、ならないんですか」
『もちろんわたしも力を尽くすわ。でももう決定済みの採決を取り消すことはできない。超民主主義だもの』
「委員長権限は」
『無力よ。超民主主義の前では』
「強いですね超民主主義……」
俺は深呼吸し、
「くそ!」
脇にあったゴミ箱を蹴飛ばした。
中身もなく軽いそれは壁に当たって跳ね返った。
表面に印刷されたペンギンのペン太君がとても恨めしそうに俺を見返した。
「…………」
ペンタ君ゴミ場を立て直してから、俺はうめく。
「信じてますよ委員長」
『ええ。死なないでね』
スマホをポケットにしまい直した。
放送マイクのスイッチを入れる。
「…………」
深呼吸をして。
「腰抜けのテロリストども! 俺はここにいる! 殺したかったらかかってこい!」
一気にまくしたて、スイッチを切った。
そして待ち受ける。
数秒後には始まるだろう死闘を。
血で血で洗う大闘争を。
そして、その結果間違いなく訪れるであろう自分の死を。
目を閉じて祈りながらただ静かに。ひそやかに待つ。
「どうか神よ。死の苦しみをわたしから遠ざけたまえ……」
「…………勝った」
硝煙立ち込める同じ部屋で、俺は意外と無傷のまま立っていた。
生きてる。
だが俺以外は惨憺たるありさまだ。
放送室の壁は銃弾で穴だらけ。
俺の制服はびりびりのぼろぼろで原型をほとんどとどめていない。
陰部が丸出しになっていないのは神の慈悲か。
だとしたらそれは多分少年漫画の神だろう。
そして足元には死屍累々とテロリストたち。
こちらも実のところ一人も死んではいないが、積み上がって足の踏み場もないほどで、てか邪魔だ。
蹴ってどかしながら部屋の出口に向かう。
「く……上野め……」
俺は恨みの声を上げる。
奴が妙な画策をしなければこんな目に遭わずにすんだはずなのに。
スマホがまた着信を告げる。委員長だ。
『生きてる?』
「……なんとか」
『良かった……』
らしくもなく感情を隠さない声で委員長は言った。
だがすぐに氷の声音に戻ると先を続ける。
『例の件、やっぱり上野くんの仕業で間違いなさそうよ』
「意外ではありませんね」
『……田中くんと間違えてたのに?』
「全く意外ではないですね」
ドアを乱暴に開けて放送室を出る。
壁に背を預けて息をついてから、先を促した。
「それで?」
『できれば彼の不正を暴きたかった。でもそれは無理そう』
「なぜです?」
不吉な話向きに胸がざわつく。
同時に、その足音が聞こえてきた。
ズン……ズン……
遠く、しかし、確実に近づいてくる。
「これは……?」
『おそらくは今回最大の敵よ』
スマホがピ! と音を立てる。
多数決開始の合図だ。
『わたしの全権限でもなんとかあなたが万全に戦える条件を整えるので精いっぱいだった』
「委員長?」
投票受付が完了。
結果は『敵を完膚なきまでに叩きのめす(うなれ鉄拳)』
そして、敵が廊下の角から姿を現した。
その姿は異様にして威容だった。
二メートルをゆうに超える見上げるほどの体躯。
筋肉がたっぷりついた逆三角形の肉体美。
太ももなど俺の三倍はありそうだ。
「な……」
服装も一風変わっている。
尖りサングラスに赤いブーメランパンツ一丁。
そのなりでゴキリゴキリと指を鳴らしながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
「そんな、まさか……」
しかし何よりも目を引くのがその緑の体表だった。
塗っているのでなく、それが地のようだ。全面緑。
この世の生物とは思えない見た目だったが、俺はそいつに見覚えがあった。
「バイオテロリスト……!」
それは伝説として古文書にしか記述のない、平安の昔に失われたテクノロジーのはずだった。
和の心を結集しテロリストを更なる超次元へと押し上げる超技術にして超芸術的超爆発。
諸般の事情により細かな説明は省くが強い。
なぜこんなものがここに……!
戦慄する俺の耳に委員長の声がかすかに届く。
『負けないで、板橋くん。もうわたしはサポートできないけれど……』
それを最後に通話が途切れた。
俺は無言のままスマホをポケットにしまった。
見かけによらず低く俊敏そうな構えを取るバイオテロリストを前に、ほどけていた靴ひもを結び直して拳を握った。
委員長、感謝するぜ。今度こそ万全な状態で戦える。
「グルルルルルル……」
そしてうなり声を上げる的に拳を向ける。
「いくぞケダモノ! 俺の超民主主義的正義の鉄拳をくらうがいい!」
長く苦しい戦いが今始まった。
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