聖女の行進
大鳥遊
巡り合わせ
「ここはどこなの。お母さんは?」
そう言って目の前にいる男の子は泣き出した。
子供は嫌いだ。泣けば誰かが助けてくれて、近くにいる人は子供に危害を加えたと疑われる。
「ケイト。どうしたの、子供の声が聞こえたけど。まさか、また泣かせたの?」
私は立って砂のついたスカートの裾をはらう。
「サラ、私は泣かせてないわよ」
男の子は私のそばから離れてサラの茶色いスカートに引っ付いた。
「冗談よ冗談。ケイトはいつも大変だよねー。君はどこからここへ来たの?」
しゃがんで男の子と目線を合わせたサラに男の子は安心したようだ。
「ベルラ村から」
まだおしゃぶりの癖がついているのか親指をしゃぶっている。
「隣町じゃない。それなら送れるね。自分から言えるなんて偉いね」
サラは男の子の頭を撫でながら私を見る。
「ケイト、まだ日が沈むまで時間があるから連れていこう。」
「じゃあ私はかごを持つよ」
「いいの?薬草そんなに持っているのに。」
渡されたかごにはランが沢山あって思ったより重かった。
森を抜けてサラと私は隣町まで歩いて男の子をベルラ村まで届けた。男の子のお母さんが泣いて頭を下げていた。男の子は帰り際にはサラに手を振っていて、私には見向きもしないのだった。
「あーあ、私もサラみたいな顔になりたいな。」
眉を下げてサラは言った。
「私はケイトみたいな顔になりたいよ。青い目と髪って憧れるから。」
サラはまん丸な茶色の目をしていてブロンド髪の毛はちょうど良くカールしている。私は鼻筋は通っていて唇も良い感じだが、問題は目だ。サラはそう言ってくれるが実際は細長くて初対面の人に睨んでいると勘違いされてしまう。
「でもサラみたいな女の子だったら村の男たちが次々に誘いに来るよ」
「男手が少ないんだから、ありえないよ」
心なしかサラの声が小さくなった。
隣のゲンガラル国との対立が深くなって一年。いつ戦争が始まってもおかしくない状況に私たちはいる。そのため若い男手は大半が徴兵されて村を出ていった。
「はやく帰ろう。日が暮れたら賊に襲われやすくなるし。」
「そうだね」
この間もパン屋のスージカが夜遅くに出歩いて襲われたそうだ。それ以来、若い女の人は一人で出歩かないようになった。
家に帰るとスープの良い匂いがした。
「ただいま。良い薬草が沢山とれたよ。」
「じゃあベリータに届けておいて、ついでにこのスープも壺にいれておくから持っていってちょうだい。」
台所で忙しなく動いているお母さんを見ると落ち着く。
「もう外は暗いし、ベリータの家まで一緒に行きましょうか?」
お母さんは心配性だ。
「大丈夫よ。ベリータの家まではほんの少しの時間で着くでしょう?」
パンをつまみながら私は答えた。
「そうだよ。おまえが思っているほどうちのケイトは野暮じゃないんだ。」
お父さんは酒を飲んでいるのか顔が赤くなっていた。お母さんは小さくて熱い壺をかごに入れたものを私に渡した。
「気を付けてね。すぐに帰ってくるのよ!」
ベリータの家は井戸と森に挟まれるような形で建っている小さな家だ。ほとんどの人はこれを私の家の小屋だと勘違いしているため、ベリータが住んでいることを知らない。小さな扉を開けると、いつものように鍋の近くでベリータは何かを煮込んでいた。
「ベリータ、頼まれた薬草とスープもってきたよ」
背中をむけていたベリータはゆっくりと振り向いた。白色の髪がふわりと宙に舞う。
「ケイト」
私と生き写しのような少女は髪の色は違うけれど私に雰囲気は似ず可愛らしい女の子だ。
「ありがとう」
「また貧血で倒れたりしてない?」
ベリータは年を重ねるごとに体が弱っていく病気だとベリータのお母さんに聞いたことがある。
「最近はもっぱら咳が出ているだけで大丈夫だよ」
私はかごをベリータに渡して今日の出来事をひとしきり喋った。正直に言うと、村のどんな女の子よりもベリータと話すのが一番楽しい。
「一緒に村へ行けたらいいのに」
「無理だよ。私は体が弱いし、薬をつくるので忙しいんだから。」
ベリータは私たち家族の援助を薬を作ることで恩返しをしている。その薬は村でよく売れるので製造元やレシピが気になっている医者が私を問い詰めるほどだ。
話をしているとスープがすっかり冷めてしまった。すぐ家に帰ることを忘れていた私は慌てて立ち上がる。
「今日はありがとう。また明日ね!ベリータ!」
急いで扉を開けると長身の男が二人いた。
賊だ、襲われる。
ベリータの息を飲む音が一瞬聞こえる。
急いで扉を閉めようとするが赤い目をした美丈夫は足を扉にかけて家の中に入ってきた。賊にしては身綺麗な格好をしている。
「ようやく見つけたぞ。イザベル・シャンブラック。」
なぜ赤い目の男はベリータの本名を知っているのだろうか?ベリータを知っているのは私の家族だけなのに。
すると、もう一人の茶色い髪をまとめ上げと細い茶色い目をした男は扉の鍵を閉めた。
「本当に見つけるのが大変だったな。これで俺たちは安泰だ。」
いつの間にかへたりこんでしまった私を茶色の目の男が見つめる。
「フラン、このイザベルに似た女はどうする?」
「やめて!!その子には手を出さないで!!」
ベリータの叫び声で私は正気を取り戻した。急いで人を呼ばないと。口を開きかけた瞬間茶色の男が布を私の口に覆った。
周りが黒くなって意識が遠退いていく中赤い目の男の声が聞こえた。
「この女には身代わりになってもらおう」
私の意識が切れるのがわかった。
聖女の行進 大鳥遊 @ootori_yuu
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