Chapter 29
そして、その後、彼女に会えなくなった事に若干の喪失感を感じつつも、毎週彼女に電話をする日々が始まる。
電話の深夜割引が始まる11時キッカリに、でも話し始めると二人共止まらなくなってしまうので、長くても1時間と決めて電話を掛けていた。
そういえば、几帳面な彼女はいつもそんな感じで、ちゃんとルールや制限を決めて行動する事がなんとなく多かったなと思う。
電話での会話の内容と言えば、相変わらずボケとツッコミの応酬だったけれど、スタジオでの出来事や、自分の仕事の話しとか、留学先の話なんかも多かったと思う。
この彼女との電話が、一体いつまで続けられるのかなんて事は全く考えていなくて、例えば自分が留学した時とか、彼女に彼氏が出来た時とか、それくらいまでは続くのかなと、そんな程度にしか思っていなかったけれど、でも、その終わりは思っていたよりもずっと早く訪れた。
彼女と別れてからまだ2ヶ月も過ぎていない頃・・・
その時点で、彼女以外に自分が唯一好きと言える女性・・・
M子が不倫している事を教えてくれた・・・そしてずっと好きだったあのS子から、勤めていた家電店のDMが送られて来た。
それは本当にまさかの出来事としか言いようがなかったけれど、多分知り合いにDMを送れとか何かノルマを課せられて、仲の良かった同級生達に送っているのだろうというのは容易に想像が出来た。
でも、ややこしい関係に陥ってしまった事で、S子とはもう連絡も出来ない状態になり、会いたくても会ってくれないだろうとずっと思っていたけれど、
それが送られて来た事で、まだ会える可能性が残っていると確信し、彼女(KTさん)に電話した時に、その事を伝える・・・
「KTさん、あの、ずっと前に話したS子って女の子憶えてます?」
「S君が好きだって言ってた子でしょ? ややこしい関係になっちゃって、もう会うのも無理とかなんとかって言ってた・・・」
「あ、そうです。もう会ってくれないだろうってずっと思ってたんですけど、おととい、S子の勤めてる家電店からダイレクトメールが来て・・・」
「え?・・・それは彼女が送ってくれたの?」
「ハイ、S子の名前が書いてあって、宛名の字も彼女の筆跡でしたね・・・」
「え?何? 筆跡見て判るほどの仲だったの?」
「あ、それはもう、付き合いが長いんで・・・」
「そっか・・・高校の時はいつも近くにいたって言ってたもんね」
「ハイ・・」
「で?・・・それをキッカケにS子さんと会って、告白しようかどうか迷ってる?」
「S子の記憶が物凄く心の中に溢れ出て来ちゃって、なんか・・・止まらないんですよ・・・」
「うん、なんとなく解る気がする」
「でも・・・」
「でも何?」
「・・・・・・」
「私の事が心残りになっちゃってる?」
「・・・ハイ・・・踏ん切りはつけたつもりですけど、まだ諦め切れていない自分がどこかにいるのは確かです・・・」
「そうか・・・そうだよね・・・」
「まだ私の事をそんなに想ってくれてるのは凄く嬉しいんだけど・・・でもさ、私達の事は「二人のいい思い出」って事で、もう割り切ろうよ。」
「私もそう考えるようにしてる・・・」
諦め切れていないのは、彼女もまた同じなのだ。
だから電話での繋がりを残してくれたのだ。
「解りました。・・・もう言いません・・・」
「うん、ありがとう・・・」
「で、どうするの? S子さん・・・」
「とりあえず会うだけ会ってみようかなとは思ってます。 もう結婚してるかも知れないし、彼氏もきっといるだろうけど・・」
「もし、結婚もしてなくて、彼氏もいなかったらどうする?」
「告白して付き合えたらいいなとは思いますけど、そうなると留学とかも諦めなきゃいけなくなるし・・・・」
付き合いたいのはもちろんなんだけど、彼女の期待に応える為にも留学は諦めたくないとか、そんな風に思っていた。
「このタイミングでそんなDMが届くなんて、単なる偶然なんかじゃないと私は思う・・・」
確かに・・・まるで彼女と別れたのを狙っていたかのようなタイミングでS子からDMが届いたのは、正直自分も驚いた。
「S君がさ、S子さんの事がもし本当に好きなら、留学なんて諦めてもいいから、絶対告白して、付き合えるなら付き合った方がいいと思う!」
「でないと、一生後悔する事になるよ!!!」
「・・・・・・・・」
「あのね・・・私・・・最後に辛い思いをする事になっちゃったけど、S君とあんな関係になった事も、S君を好きになった事も、全然後悔してない! 」
「むしろ、あの時誘った自分を褒めてあげたいと思ってるくらいだよ!」
「自分も・・・全然後悔してないです・・・」
「今しか出来ない事は、今やらないと絶対に後悔しちゃうから!・・・」
「このチャンスを逃したら、もう二度とS子さんは手に入らないんだよ!」
「でも・・なんとなく、またKTさんと同じような事になってしまう気がして・・」
「S子さんならまだ間に合うんだって!!!」
そう言い放った彼女の声は少し震えていて、自分と別れざるを得なかった彼女の辛さとか悔しさとか苦しみが、心の奥に突き刺さって来るようだった・・・
顔は見えなくても、電話の向こうで泣いているのが解る・・・
ここはあまり刺激しないようにしないとマズいと思い、一呼吸置いて静かに返す。
「そうですね・・・自分も・・・S子ならまだ大丈夫かも知れないって思います。」
「どう転ぶか判りませんけど、とりあえず後悔しないように、やるだけの事はやってみますね。」
「また、どうなったかは、電話しますから・・・」
「ねぇ・・・S君・・・」
「ハイ・・・」
「本気で行かないと絶対ダメだから、とりあえず私の事は一旦忘れて、今はS子さんの事だけに集中してっ!」
「 私にはもう気を使わなくてもいいから・・・」
「落ち着くまで電話もしなくてもいいから・・・ね」
「解りました・・・」
「S君・・・」
「ハイ・・・」
「私・・・凄く楽しかったし、物凄く幸せだったよ・・・」
「だから・・・今度はS子さんを幸せにしてあげて・・・・」
「もし付き合えたら・・・頑張ります・・・」
「うん・・・」
その、電話をしなくてもいいと言った意味と、幸せだったと言った彼女の言葉を、その時はそのまま受け取っていたものの、しばらくしてからその本当に意味を知る事になる・・・
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