第4話

第4話 願いが叶う家




 ある兄弟が森の中を彷徨っていた。兄が弟を背負い、険しい道を上へ上へ登っていく。頼りは、消えかかった細道。昔の記憶との乖離を悲しみながら、たった一つの希望を叶える為に兄は奮起する。茂る草をかき分け、現れたのは街並みを一望できる崖。ここは、兄弟でよく見た光景。父と母が健在で、まだ幸せだった頃の大切な記憶の欠片。兄は、弟に尋ねる。「もう、悔いは無いか?」と。弟は、「ありがとう、兄ちゃん」と笑顔で返す。弟は、死病に蝕まれていた。医者も見放し、ペテン師の言葉に騙され、残っているのはその身一つ。意地を張り会えていなかった兄に、最後のお願いをした。あの日の光景が見たい。兄は、笑顔で快く応じた。たった一人の大切な弟の為に、仕事も家族も捨てて…。

 望みを叶えた兄弟は、下山の途中、場違いな家屋を発見する。二階建ての白亜の豪邸。高い塀に覆われ、四方に監視カメラ、駐車場には高価な外車。険しい田舎の山麓に一体誰が? 疑問を抱いた兄弟は、興味本位で近づく。塀に隠れて見えないが、庭で誰かが喋っている。兄が妹の指示を受け、塀に向かってボールを投げている。余程下手なのか、妹の檄が飛んでいる。昔を懐かしみ、兄弟は更に塀に近づき、聞き耳を立てる。幸せだったあの頃に戻りたい、そう願いながら。すると、異変が起きる。弟が急に背中から降り、飛び跳ねる。死の間際、そんな体力は残っていない。その筈だが、飛び跳ねる嬉しそうな顔には血色が戻っている。弟の回復を喜んでいると、兄の携帯電話が鳴る。病院からで、父と母が快方に向かっているとの連絡だった。弟と同じく、絶望的な状況だったにも拘らず。




 下山した彼らは、山で起きた事をSNSに流した。眉唾話に多くの批判意見が寄せられたが、有名なインフルエンサーが同じ経験をした事で真実味が増大。以後、様々な悩みを抱える者が山麓の豪邸を訪れ、願いを叶える。いつしか、インターネットの域を超え、多くに知れ渡る。

 願いが叶う家として…。




 キャノンとの戦いを終えた虚だったが、状況は決して良いものではなかった。崩壊したキャノンは、突然巨大化。本来の姿は、全長20m超え。威圧感もさながら、兵器に対する恐怖感を煽る。住民からは、「これ以上厄介事は嫌だ」と非難轟々。政府は、キャノンに興味を示しても、虚には興味無し。金だけを渡して、「山奥で暮らして欲しい」と雑な対応。何を言っても通じないと察し、仕方なく山奥の土地に移る事に。因みに母は、「田舎では暮らせない」と一人残った。

 山奥の豪邸。ここが虚とかっちゃんが暮らす事になった家。四六時中監視カメラに睨まれ、勝手に出られないように高い塀に覆われている。定期的に政府の者が訪れ、一時間に及ぶ近況報告を義務付けられている。堅苦しいにも程がある。


「虚、もっとタイミングを意識して!」


 虚は、ボールを塀に向かって投げる。投球フォームをかっちゃんに指摘されながら。


「本当に効果あるのか?」

「戦い方以前に、動き方が悪いの。先ずはそこから」

「へいへい…」


 キャノンとの戦いで、弱いままではいけないと悟った。色々詳しいかっちゃんの指導を受け、戦闘力向上を目指す。しかし、運動能力が低い虚には、まだ早かった。先ずは体を動かす事を知り、普通の人と同じ領域に立ってから戦闘訓練に入るつもり。

 特訓の最中、虚はこっそりフラワーに尋ねる。


「フラワー、兵器っていつ襲ってくるんだ?」

(…さぁ、分からない。レーダーが追跡に関わっているから、早急に次の手を打つと思うけど…)


 ボールを投げながら、兵器の襲撃に怯える。勝てたと言っても、油断してくれたお陰。救援を呼ばれていたら、乗り切れていたか些か不安。出来る事なら、このまま諦めて欲しい。

 かっちゃんが、肩を叩く。


「ねぇ、虚……何か聞こえない」

「こんな山奥で?」


 兵器の襲来と思い、冷や汗。しかし、聞こえてくるのはリポーターの声と騒めき。


「ここが噂の願いが叶う家。初めはインターネットの噂だと思われていましたが、実現したと報告する経験者が続々。我々も実際に体験し、その真偽を確かめたいと思います。では、先ずは私の願いを……け、結婚できますように」


 集まった群衆は、何が起こるか興味津々。様子を窺う。しばらくすると、リポーターの携帯電話が鳴る。


「え、あの……本当! は、はい…こちらこそ……………去年フラれた相手から、結婚のも、申し込みが…彼は、アメリカに住んでいて、日本の中継は見ていない筈なのに…」


 願って数分、あまりの速さに群衆は騒然。それぞれが我先にと願いだす。しかし、叶う者と叶わない者が現れる。叶う者に共通しているのは、具体的かつ可能性がある願い。相思相愛の○○さんと結婚したい、ギリギリ合格圏内の○○高校に受かりたい、○○会社との取引が上手く行きますように。叶わないのは、想い人と結婚したい(一方的)、お金持ちになりたい(どうやって?)、ギターが欲しい(どのメーカーのどの型番?)。仮に具体的かつ可能性があっても、他の誰かにとって望まぬ結果になる場合も叶わないようだ。


「どうしてこんな事に? 虚、何か思い当たる?」

「さぁ、さっぱり分からん……」


 フラワーが持っていたラウデルセの力の所為。16歳になった者だったら、望む姿に変わる効力がある。彼らは願いが叶ったと思っているが、実際は願った物を手に入れた自分に変化している。望む姿に変われるのは、一度だけ。今後何を望んでも叶わない。どのくらい真剣に願ったかで、先の幸せが違ってくる。ただ、確実にラウデルセの力とも言い難い。ラウデルセに在った時とは、少し違う部分がある。


「本当に叶うなら、私も…」

「止めた方が良い。今の大切と、未来の大切は違う。本当に必要な瞬間の為に取っておいた方が良い」


 かっちゃんはまだ16歳じゃない、願ったところで叶わない。今の忠告は、後々の為。


「バカ息子には言われたくない」

「まぁそう言うなって。馬鹿だから言える忠告もあるだろ?」


 二人で笑っていると、外からリポーターが声を掛けて来る。


「何方ですか? 聞こえているなら、答えて下さい!」

「……」


 政府から文句を恐れ、何も言わず家の中に帰る。

 良し悪しは分からないが、その所為で妖精が願いを叶えていると言われる事に…。




 中継以降、虚の家は観光地化されてしまった。連日多くの人が訪れ、多くの願いを叶える。多くのケースが揃うと、願いが叶うルールが発掘される。何が良くて、何が悪いのか判明。願いが叶う率が上がり、面白半分が減っていく。一度限りと言う情報まで流れると、より切羽詰まった願いが厳選される。塀の奥で聞いている虚とかっちゃん、フラワーは、何とも言えない気持ちになる。




 ある日、一人の女性が暗い表情で塀の前までやって来る。周りの喧騒を無視し、一心に願いを胸に秘め、塀に触れる。


「……私を、殺して下さい」


 物騒な願い。幸い叶う様子は無いが、簡単に諦めるようにも見えない。何も言葉を発さないまま、2時間塀の前に居座った。夜になり誰も居なくなると、ようやく彼女は帰った。

 虚は、誰も居ないか確認して外へ出る。


「妖精さんですか…?」


 帰った筈の彼女が背後に立っていた。

 無言で立ち去ろうとすると、両手を広げ立ち塞がる。


「どうして願いを叶えてくれないのですか!」

「……」

「私は、死にたいのです。どうしても…」


 何が気に入らないのだろうか? スタイルが良く、かなりの美形。整った身なりで、イヤリングや指輪はかなり高価に見える。容姿にコンプレックスが無く、財政的に潤っている。見た目で分からない事情があるのだろうか? 嫌な相手と結婚させられる。罪を犯した。気になるが、聞いてしまえば関わる事に…。


「………何故死にたがる?」

「理由は言えません」

「それなら聞かないけど、自分を棄損する願いは叶わないぞ」

「……どうして?」

「居なくなる人の為に叶えたくない」


 関わってしまった。黙ってやり過ごすと約束していたのに、ついつい…。しかし、関わってしまった以上は適当に受け流せない。文句を言うフラワーを無視して話を続ける。


「何とかなりませんか? 仰る通りですが…」

「もう一度聞くけど、何故死にたがる?」

「……私、変なのです。人を殺したくて、我慢するのが難しい…」


 彼女の様子を見る限り、異常な殺意を嫌っている。苦しそうに俯く姿から、人を殺したいとも、傷つけたいとも思っていない。恐らく、生まれ持った精神疾患。誰にも言えず、一人で耐え続けてきた。いつか狂ってしまう自分に怯えて。


「こうしている間も……あなたの首を」


 震える手を握り、虚は笑って見せる。


「人を殺したくないから、自分が死ぬって訳か。典型的な逃げの結論だな。俺としては、もっと前向きな方向に考えて欲しい。例えば、人を心から愛せるようになりたい…とか」

「……そ、そんな事出来るのですか? 心まで変えられるとは、誰も言っていなかった…」

「もともと、ここは願いを叶える場所じゃない。望む姿に変える場所だ。願いが叶ったように見えていたのは、欲しい物を得た自分に変わっていただけ。さぁ、これを踏まれてもう一度よく考えてくれ。どうするべきか。念の為に言っておくけど、望む姿になれるのは一度限りだ」

「十分です」


 彼女は瞼を閉じ、望む自分を想像する。父や母、妹、会社の同僚、思い当たる皆と純粋な気持ちで笑い合う姿。そこには、如何なる形の負を含まない。様々な感情に揉まれても、一貫して愛を抱き続ける。偏向はしない。誰にとっても、等しく同じ意味で。

 瞼を開き、目の前の虚を見つめる。


「どうだ? 望む姿になれたか?」


 彼女の瞳は、涙を湛えている。


「…あの、抱きしめて良いですか?」

「………えっと、まぁ…」


 慣れていない動きで、恐る恐る虚を抱きしめる。伝わって来る温もりに、異常な感覚は湧かない。殺意は消えた。しかし、愛の感情も湧いてこない。


「殺意は消えましたが、愛は……」

「そりゃそうだ。愛ってのは、じっくり時間を掛けて育むもの。会ったばかりの俺では、湧いてこなくて当然。ちゃんとした人で確かめた方が良い」


 虚から離れ、恥ずかしそうにお辞儀をする。


「また報告に来ます」


 彼女は、急ぎ足で立ち去った。本当に変わったのか確める為に。


(今の気持ちは?)

「何が言いたいんだ?」

(あんな美人に抱きしめられて、ドキッとしたんじゃないの?)

「どうだろう? 何かが芽生えたかも…」

(ほ、本当に!)

「冗談だって。言ったばかりだろ? 愛は時間を掛けて育むもの、それは俺も同じだ。いや、俺の場合、違う問題も…」


 何を指している察したフラワーは、「人の所為にするな」と文句。

 虚は、笑って誤魔化す。




 三日後。

 死を願った彼女が再び現れた。隣には、父と母、妹、そして、同年代の女性。


「ありがとうございます。お陰で、望みの姿になれました」


 虚とかっちゃんは、二階のベランダから彼女の様子を窺う。気兼ねなく、優しい笑顔で見つめ合う姿。殺意なんて、何処にも見当たらない。


「色々な人達を見てきたけど、あの人が一番輝いているね」

「そうだな。皆があんな感じなら、こんな気苦労しなくて済むのに…」


 反対側からは、抗議の声が上がっている。


「お前の所為で、人生台無しだ!」

「願いを勝手に叶えるな!」

「元に戻せ! このままじゃ…」


 甘い言葉に惑わされ、安易な欲望を叶えた結果、裏に潜んでいた罠に引っ掛かってしまった。欲しい物を手に入れた、それは人生において最も欲しいものなのか? 好きな人と結婚した、その人は永遠を捧げるに相応しい存在だったのか? 夢だった職業に就いた、夢の為に如何なる苦痛に変える心構えは在ったのか? 何も理解していなかった。代償を伴わない願いなど無いと…。

 虚は、ボールに油性ペンで何かを書き、望む姿になった彼女に投げる。受け取った様子を確認して、かっちゃんと共に部屋の中に消えて行った。


「……忘れません、絶対に」


 ボールにはこう書かれていた。


『小さくても、違っていても、他と比べなくて良い。貴方にとって美しければ』


 真に望む姿になった者だけが理解出来る言葉。

 身勝手に叫ぶ者には、正しく受け止められる事は無い。

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