第3話
第3話 最硬の体
母が外出する様子を見守り、かっちゃんが眠ったのを確認して、フラワーの話を聞くべく部屋へ。
鏡の前に立ち、フラワーと目を合わせながら話を聞く。
(私の住まうラウデルセには、変わったルールがある。それは、16歳を迎えると自身が望む姿に変わるというもの。ある者は人に、ある者は鳥に。千差万別、選択は色々あれど、平和な世界で育った心はやはり平和を求める。ところが、今年は違った。邪な考えを持つ者達が現れた。しかも、選んだのは兵器。今までにこんな事は無かった。平和に染まった世界に抗う術は無く、蹂躙され、私の父と母……王と妃は殺された。死の間際、二人はラウデルセの力を私に託し逃がした。彼らの野望を阻む為に…)
兵器になった者達が、ラウデルセの力を求めてフラワーを狙った。隕石を選んだタイミングは、逃走中。逃げる手段を考慮した望みだった。しかし、追撃を受け、墜落。虚を巻き込む。疑問はその後…。
「その後、追撃を受け、落下。当然、追手は落下地点を調べるよな? そこにフラワーが居る筈なんだから。何故、気付かなかった?」
(……息を潜めていたお陰? もしかしたら、ラウデルセの力が隠した? よく分からない…)
「望む姿に変わるのは、一度きりか?」
(その筈…)
望む姿に変われるのが一度きりなら、隕石になったフラワーには虚の体になれない筈。フラワーの望みでは無いなら、考えられるのは虚の望み。ラウデルセの力はフラワーが持っていた。虚は16歳は越えている。可能性は十分にある。
「なぁ……この体って、やっぱり俺の物じゃないのか?」
(……そ、それは重要じゃない! 大事なのは、追手をどうやって倒すか)
明らかな動揺。フラワーの様子を察するに、虚の予想は合っている。しかし、妙な点もある。隕石を選んだフラワーの体は何処に行ったのか? 虚に語った嘘通りなら、散らばった残骸をかき集めてこの体に在る筈。だが、様々な実験に晒されても、隕石の痕跡は見つかっていない。
「あの瞬間、俺が望んでいたのは生存。自分だけではなく、誰一人として犠牲にならないように、と。それが望む姿か、と言われてもしっくり来ない。どちらかと言えば、願い。願いと望み、ラウデルセの力はどう判断するんだ?」
(だから、今は…)
「事実を歪曲しても、追手に勝てない」
虚を信じると決めた。なのに、嘘を吐き続けるのは道理に合わない。素直に現実を受け入れ、質問に答える。
(……願いの中に潜んでいる望みを抜き取る。生存を望めば、降りかかる脅威に打ち勝つ強さを体現。他者を生かそうと望めば、蘇生、復元を可能とする物に。望む姿に変化できるのは、一度きり。だけど、複数の望みが同時に叶うかは、未知…)
ラウデルセでは、16歳をきっかけに自ら進んで望む姿を選ぶ。自ら選ぶ為、明確で、虚ろな望みはない。成りたいモノを思うままに望む。複数の望みを内包する場合を見た事がない。
虚は、持論を述べる。
「二つの望みが同時に叶ったのなら、隕石に耐える体と、死者を復活、もしくは、復元する力を手に入れたって事になるのか…」
概ね同意見だが、フラワーにとっては一つ腑に落ちない。
(……その場合、今の私ってどんな状態?)
「復元待ちの状態じゃないか? 散らばった破片が綺麗に繋がったら、俺の体から卒業する…とか?」
(復元まで体に居候している……って事よね? 他人の体に…)
やっぱり腑に落ちない。トイレに行くと嘘を吐き、30分虚の体を支配した。あの時、確かに体を操れた。自分の体のように。間借りしている体を、自分の体のように扱えるだろうか? 持ち主に悟られないように…。
「詳しい事はその内分かるさ。あんまり深く考えるな」
(でも…)
「それより、ちょっと試していいか?」
フラワーの意見を待たず、虚はいきなり二階の窓から飛び降りる。ドサッと重い音がするが、地面が陥没しただけで虚は無傷。空かさず、庭に置かれていた鎌を腕に振り下ろす。だが、鎌の方が折れてしまう。
「本当だ…凄い。これなら…」
フラワーは、邪な考えを感じ取った。
(信じて話したのに、悪事に力を使うつもりでしょ!)
「何言っているんだ? 俺は、この力を…」
玄関先から爆音。豪邸の半分が崩壊したが、二階は辛うじて無事。
「かっちゃん!」
急いで瓦礫を駆け上がり、二階へ。かっちゃんの部屋に入る。
ベッドから飛び起きたかっちゃんが、部屋の隅で怯えている。
「大丈夫か?」
「バカ息子……怖いよ」
「安心しろ、俺が付いている。それより、お兄ちゃんって呼んでも良いんだぞ?」
冗談に笑うかっちゃん。しかし、然程余裕はない。
嫌な予感がした虚は、かっちゃんを抱え窓から飛び降りる。
直後、二階が大爆発。
「お兄ちゃん、助けてーーーー!」
「ほいよッ!」
爆音を背に、プールに向かってダッシュ。かっちゃんを水の入っていないプールに下ろす。お兄ちゃんと呼ばれた嬉しい気持ちを抑えて。
「悪い奴をやっつけるまで、ここで待っていてくれ」
「…危ないよ。警察が来るまで逃げよう」
「待っていられない。兄ちゃんに任せな!」
プールを背にすると、向こう側から軍服姿の屈強な男が近づいてくる。武器は持っていない。
フラワーは、過ちを謝罪。
(…ごめん、私の早とちり。邪な望みを叶えたのは、目の前の男)
「ラウデルセの者か?」
(兵器を望む人間はそうそう居ない。居たとしても、私を狙わない)
追手確定だが、兵器に見えない。何処から見ても、人間。しかし、普通とも言えない。胸の辺りを血が出るほどボリボリ掻き、首を異様な角度まで曲げている。
「姫を寄こせ」
一切視線が合わないのが怖い。
「軍人さん、豪邸だからって姫はいないぞ。他を探した方が良い」
「レーダーの探知で、お前の内に潜んでいるのは分かっている。死にたくなければ、早く寄こせ」
「何言っているんですか? そんな訳無いでしょ…」
軍服男の胸が割れ、大砲が姿を現す。ようやく兵器らしい一面を見せる。
(あいつは、キャノン! 逃げて、耐えられない!)
「今更そんな事言ってもッ!」
回避の余地なく、放たれた砲弾命中。強烈な爆風が砂塵を舞い上げる。
爆風が収まると、覆い被さった土を退け、かっちゃんが顔を出す。崩壊した庭の様子に、虚の絶望を感じ取る。
「お、お兄ちゃん……」
叫び出したい気持ちを堪え、砂塵が収まるのを待つ。
しばらくすると、砂塵の奥から人影が…。
「ゴホッ、ゲホッ……い、生きている」
虚は健在だった。服が焦げ、砂埃を被っているが、怪我を負っているように見えない。かっちゃんは安心と共に、不可思議な状況に困惑。虚の目の前には、下半身人間の自走式砲台が存在する。存在の異質さより、誰がどんなコンセプトでこんな兵器を作ったのか気になって仕方がない。 バランスが悪く、弱点(足)が明らか。兵器としても、仮にオブジェだったとしても、何ら魅力を感じないデザイン。虚の無事が霞むほど、目が離せない。
フラワーは、強靭な体に感嘆。
(何なの……この硬さ…)
「隕石に耐えられるんだ。この程度の砲撃、平気へっちゃら!」
(もうこうなったら、倒しちゃえ!)
キャノンに向かってダッシュ。近づくと、渾身の力を籠めてパンチ。しかし、拳は空を切る。今度はキック。足が届かず、勢い余って転ぶ。キャノンは大した行動はしていない。ただ、一歩下がっただけ。
「そ、そうだよな。堅くなっただけで、強くなった訳じゃないよな…」
(もしかして……弱いの?)
「喧嘩した事ないからな……ハハハ」
(ハハハ…じゃない! どうするのよ! 兵器を選んだ者は、全員戦闘のプロよ!)
キャノンは、虚を嘲笑いながら砲撃再開。角度を変え、狙う位置を変え、走り回りながら徹底的に攻撃する。相変わらず無傷だが、爆風は隠れているかっちゃんに影響を与えかねない。安穏と構えている場合ではない。
かっちゃんは、走り回るキャノンの様子に笑いが止まらない。
「……何故当たらない?」
虚は、砲撃されながら腕を組み考える。
(急に何言っているの? 下手くそだからでしょ?)
「何故、躱される? 殴るタイミングで、足を止めて…」
虚は、両腕を広げ、突然キャノンに向かって突進。パンチも、キックも、それ以外の攻撃もしない。ただただ突進あるのみ。
キャノンは、冷静に回避。
(何しているのよ! そんな事したって…)
「……小さい一撃なら、止まらずに撃てる。でも…」
砲弾に晒されても構わず、突進を繰り返す。
状況は明らかにキャノン有利。だが、あまりにもダメージが無いと苛立ってくる。大砲が徐々に大きくなってくる。
(威力を上げるつもりよ。このままじゃ…)
キャノンは足を止め、上半身全てを変形させ巨大大砲に。下半身がキャタピラに変化し兵器らしい容姿に、かっちゃんの爆笑終了。
虚は、逆に笑い出す。
「大きな一撃は、足を止めて撃つ!」
大砲を撃つタイミング、虚が激突。変化してくれたお陰で、ただの突進がようやく命中した。待望のヒットだが、キャノンは平然。直ぐに砲塔を虚に向け、改めて発射。その瞬間、キャノンの砲身部分が粉々に吹き飛ぶ。亀裂は全身に広がり、僅かでも動けば崩壊しそう。
(ただの突進で…)
フラワーは、異常な硬度に畏怖。勝利に歓喜する気になれない。
「最硬の体、侮るなよ」
虚は、キャノンの体を突っつく。
亀裂が限界を迎え、キャノンは崩壊する。
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