第2話
第2話 隕石のお姫様
受け入れられなくても、虚は戸惑いを見せない。納得した振りをして、隕石と名乗る女性を無視してベッドに潜り込む。取り敢えず健やかに眠りたい。
(ちょっと、怖くないの?)
「足掻いてもどうにもならないだろ? だったら別に」
(……変人)
虚は意に介せず、眠りにつく。何度声を掛けても、鼾をかくばかりで反応は返って来ない。呆気にとられる隕石娘は、仕方なく目を覚ますまで待つ事にした。眠らず、何かに怯え。
日が暮れ、夕日が沈む頃、ようやく虚は目を覚ます。たっぷり眠って、体調万全。実験の嫌な記憶も、政府関係者の尊大な態度も、受け入れない死の宣告も、もうどうでも良い。ゆっくり眠ったなら、今度は食事。母のいつもの声を待つ。
(やっと起きた…)
「そう言えば、隕石に助けられたんだった。ありがとう、お陰で助かった」
(私が殺したのよ、もっと責める言葉を…)
「わざと殺した訳でも無いし、こうしてちゃんと助けている。お礼で良いじゃないか。別に難しく考えるなって」
隕石娘の体を間借りしている。しかし、何一つ彼女の行動や意思を感じない。共通同体なのに、別々の場所にいるような感覚。
「ご飯よ~」
虚は、かなり嬉しそう。
「待ってました! あんな感じだけど、料理は飛び切り旨いんだ!」
喜んで部屋を飛び出ると、隣の部屋からかっちゃんが現れる。
「かっちゃん? どうしてここに?」
「色々あって居候しているの」
「…そっか、これからよろしく」
色々に興味があっても、虚は聞かない。今は、母の手料理。それしか考えていない。
綺麗なリビングの中央に、大きなテーブル。並べられているのは、コンビニ弁当。虚は、焼き肉弁当。かっちゃんは、幕の内弁当。
「ごめんね、𣜿ちゃん。今から近所の奥様と食事なの」
「大丈夫です」
「𣜿ちゃんは良い子ね。じゃあ、行ってきます」
最近のコンビニ弁当は旨い。文句を言うつもりはない。達観した考え方の裏で、虚は深い落胆を一瞬見せる。
気付いたかっちゃんは、背中を摩る。
「虚、大丈夫?」
「最近はこんな感じか?」
「うん。私が知る限りは…」
「不思議だよな。勿体ないから自分で作るって言っていたのに」
悲しいのは、手料理が食べられないからではなく、変わってしまった姿を見せつけられた事。料理好きで、手間を惜しまない。弁当を買って来たら、無理やり近所に押し付ける。それが、この有様。責める気は一切ない。母がどう変わっても、本人が良ければそれで良い。あくまで個人的な悲観でしかない。
「さぁ、食べようぜ」
電子レンジでチン、何事も無かったかのように笑顔で食べる。
部屋に戻ると、ベッドに横になる。虚は、また眠るつもりのようだ。
(どうしてそんなに眠るの?)
「ただ単に好きなだけだ」
眠っている間、誰にとっても敵になり得ない。攻撃される事はあっても、する事は無い。非暴力の極み。しかも、運が良かったら良い夢のオマケ付き。虚にとっては良い事尽くし。困る事があるとしたら、世間的には許されていない事。一生懸命働いて普通。決められた事しかしない者は怠け者。それが当たり前と言われればそれまでだが、虚の性格には合っていない。必要以上に豊かになっても仕方がない。ただ普通に生きられれば、それで上々。余った時間はゆっくり眠り、静かな時間を満喫する。それが、虚の望む生き方。
(怠け者ね。まぁ、良いわ。今の私には、その方が助かる)
虚は、然程興味が無い。子守歌程度にしか考えない。
(この機会に自己紹介をしておくわ。私は、ラウデルセから来た王の娘、フラワー。逃走中に追撃を受け、此処に落下した)
「………本当に宇宙人じゃないのか?」
(違う!)
「ごめん。隕石に姫の概念があるとは思えなくて、つい。今後は何と呼ぼうか? 隕石姫、フラワー?」
(姫様とは呼べないの?)
「…呼べないな」
(………じゃあ、フラワーでお願い)
様を付けるのは、好きじゃない。付けた瞬間から遠い存在になる。折角同じ体を共有しているのに、わざわざ遠くに置きたくない。
(話の途中なんだけど、ちょっと……トイレ)
「便意も尿意も無いけど?」
(これは私の体。貴方には分からない。ちょっと目を瞑ってて…)
色々聞くのも面倒。言われた通り目を瞑る。
(私が良いって言うまで、絶対に開けないで!)
「分かった…」
目を瞑ってから全ての感覚が失われる。防音処置された真っ暗な部屋に押し込まれた気分。何も分からない代わりに、目を瞑っている時間を数える。部屋からの秒数で、何処に行っていたか目星がつく。1、2、3……60、120、180……600、1200、1800……約30分経っても「開けて良い」と言わない。トイレに行くだけとは思えない。遠いのか、長いのか、何かしらの言えない用件があったようだ。数えるのを止めて、その時を待つ。
(もう開けて良いわ)
瞼を開けると、同じ景色が出迎える。本当にトイレに行っていたのか疑問が過る。だが、聞いたところで答えは決まっている。ならば、聞かない。面倒な問答はしたくない。
「寝て良いか?」
(……本当にそれで良いの?)
「これが俺らしさだ」
瞼を閉じ、眠りに入る。これでは、肉体の所有者としてはあまりに勿体ない。フラワーは、少し後悔する。蘇らせるべきだったのか? 主導権を奪い、自分の体とするべきなのでは? 殺してしまった負い目が無ければ、直ぐにでもそうしていた。
翌朝。
目覚めたばかりの虚に、フラワーは一つの提案をする。
(そんなに寝ていたいのなら、私にこの体を…)
「…何をするつもりなんだ?」
(貴方の代わりに、人間らしい生活を…)
「追われる身の上で、出来るのか?」
虚は立ち上がり、部屋の隅に在る鏡に姿を映す。
(…そうとは限らない)
昨晩、虚はフラワーが寝るタイミングを待った。声を掛けても反応が無くなったのを確認して、外で情報収集。「夢遊病で何をしていたか分からない」、そう伝えると、近所の人達は納得した様子で答えてくれた。最近変化のあった者を探していたらしい。目的までは不明。
「追われる者に安住は無い。最後の瞬間まで、心を擦り減らし続ける」
フラワーは、初めて虚が怖いと思った。
「正直に話してくれ。何に怯え、逃げようとしているのか? 一人で抱えるよりマシだろ?」
(…止めておく。貴方を信用できない)
本人が望まないなら、それ以上聞くつもりはない。
「そうか、それなら良い。さてと、散歩にでも行くか…」
(ちょっと…体の件は?)
フラワーを無視して、外へ飛び出す。
向かったのは、公園。いつものベンチで昼寝タイム。
(こんな所に来てまで、また寝るの?)
「此処は特等席なんだ。少しで良いから付き合ってくれ」
公園には多くの人がやって来る。老若男女、様々な職業。他愛のない話、近所の噂話、身内の恥ずかしい話や嬉しい話、中には都市伝説紛いの話も。聞いているだけで地域の事情通になれる。
(……もしかして、私の為?)
「いいや、俺の都合だけど」
フラワーは、感謝しようと思った自分を責めた。やはり信用できない。
園児を連れた保護者の一団が広間に集まる。
「𣜿ちゃん、大丈夫かしら?」
虚は、体を起こし聞き耳を立てる。
「両親が離婚して、お母さんと暮らす事になったけど、ネグレクトが酷くて通報されたのよね?」
「そうそう。𣜿ちゃんは保護されて、この後は養護施設で暮らす予定らしいわ」
かっちゃんは、養護施設に入る。虚の家に居たのは、一時的なものだった。
「必要な情報は得た。帰ろうか」
一週間後。
虚は家に帰ると、直ぐにかっちゃんの部屋に向かう。
「かっちゃん、居るか?」
「……うん」
扉の隙間から顔を出す。かっちゃんの頬には、涙の跡がある。
「俺の妹にならないか?」
「……え?」
「母さんには話を通してある。後は、かっちゃん次第だ」
止まっていた涙が凄い勢いで流れ出す。
「良いの?」
「ああ、勿論。一応言っておくけど、かっちゃん呼びは変えないからな」
「うん♪」
虚は、喜ぶかっちゃんを優しく抱きしめる。
フラワーは全てを見ていた。ここに至るまで、様々な障害を越え、頭が痛くなるような交渉を繰り返す姿を。認識を改めるのに十分。
(虚……私を助けて)
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