バイバイ……俺の日常

@sajitaka

第1話

第1話 降ってきた災い




 春の暖かい陽気。家族連れの笑顔溢れる公園のベンチで、いびきを掻いて昼寝するスーツ姿の青年。雰囲気は台無し。寝返りをうったタイミングで、懐から就活雑誌。察する状況は幾つもあるが、それに符合する悲痛さは感じない。気持ち良く寝ているだけ。そんな近寄り難い彼に、一人の小学生がカエル片手に近づく。


「これでも喰らえ!」


 カエルを青年の顔に乗せる。

 しかし、これでも起きる気配は無い。鼻を摘み、口を押さえ、呼吸を遮る強硬手段に出る。流石に我慢できず、青年起床。


「な、何するんだ!」

「やっと起きた。親不孝のバカ息子」

「俺には、九雲虚くぐもうろって名前があるんだぜ」

「名前負けって言うんだよ。そういうの」


 九雲虚。クビになったばかりの無職、20歳。中肉中背、特段美形でもなく、面倒臭がり。犯罪思考を持っていないのが唯一の利点。次の仕事を探すべきだが、面倒臭い性格が足を重くする。母から毎日怒鳴られ、五月蠅いからと公園で寝ていた。


「かっちゃん、学校はどうした?」

「今日は昼までだよ」


 かっちゃん。小学生とは思えない面倒見の良さから、母ちゃんが訛ってかっちゃんと呼ばれている。本名は、葉佩𣜿はばきゆずり。難解過ぎる名前の所為で、テストの際に毎回困っている。かっちゃんと呼ばれる方が慣れていて好き。


「ねぇ、どうせ寝るなら家にしなよ。皆の迷惑」

「家には鬼が居るからな…」

「バカ息子が悪いからでしょ?」


 言葉では敵わない。虚は、仕方なく、渋々、家に帰る事にした。




 虚は自宅で、怪し気に中の様子を窺う。テレビの音はしないか、玄関に鍵が掛かっているか。窓に回って、人影が無いか、洗濯物が干したままか。少し離れて、二階に布団が干されていないか。全てをクリアして、鍵を開け中に。念には念を込め、足音を立てないように抜き足差し足。手すりに体重を乗せて、階段が軋まないように一段ずつ丁寧に。部屋の扉をゆっくり開け、転がった障害物を躱し、ようやくベッドにゴール。どうやら、母は留守にしているようだ。


「買い物に行っていたか…」


 布団を深く被り、鼾に気付かれないように眠る。少しでも長く寝られるように。しかし、今日に限ってなかなか眠れない。布団の中は快適。程よい温度、良い香り、鼻は通っているし、喉も乾いていない。

 テレビをつけて、眠気が来るまでしばらく鑑賞する事に。何やら緊急速報が画面上部に流れている。宇宙より飛来物が落ちて来るとの内容。場所は…。


「此処じゃないか!」


 気付いた時には、既にアウト。大爆発が住宅街を薙ぎ払う。




 多くの建物が倒壊し、爆心地にはクレーター。隕石が小さかったのか、そこまで大きくない。平日の昼間のお陰か、倒壊した建物には誰も居らず、人的被害は無いに等しい。クレーターの中心以外は…。


「バカ息子!」


 買い物から帰ってきた虚の母が叫んでいる。買い物袋を投げ捨て、規制線を越えて自宅があった場所へ向かおうとする。詰めていた警官に止められるが、それでも暴れて収拾がつかない。泣き喚き、肘で押し、何とか突破しようと試みる。

 だが、その動きが突如ピタリと止まる。


「ゲホッゲホッ! な、何が起きたんだ…」


 爆心地、クレーターの真ん中。覆い被さった土を払い退け、虚が姿を現す。擦り傷はあるが、至って平常。辺りの様子に驚き、注目を受ける状況に困惑。




 救出された虚は、病院に幽閉された。政府関係者、研究者、胡散臭い文学者。色々な識者に体を調べられ、モルモットのように実験に晒される。虚の質問に答える者は居ない。白い防護服越しに人権無視の会話ばかり。それでも、虚は然程気にしない。面倒臭い。そんな中、唯一印象に残っているのは、隕石が存在しないと狼狽える様子。




 一年後。

 ようやく、病院から解放される日が来た。誰一人謝罪する事なく、金一封を渡して終わり。虚としては別に構わない。色々言っても、要求が通らないのは分かり切っている。面倒臭い。


「お帰りなさい♪」


 陽気な母に寒気が奔る。


「今日は機嫌が良いな…」

「あら? いつも通りでしょ?」


 原因は明確。庭付き、プール付きの豪邸。宝石の付いた指輪。煌びやかな服。一般母子家庭が持っている物ではない。考えられるのは、政府からの見舞金。もしくは、研究協力費。どちらにしても、虚にはどうでも良い。


「ちょっと寝たいんだけど…」

「どうぞどうぞ。幾らでも」


 一番欲しい回答を得られ、虚としては大満足。これでしばらくノンビリ出来る。




 懐かしさの欠片も無い新築の豪邸。ピカピカの廊下、豪華な装飾、見ず知らずの他人の家に上がり込んだ気分。母に言われた通り、二階奥の部屋に向かう。扉には、自分の名前が刻まれた木の名札。気になるのは、隣の部屋。ウサギの形をしたピンク色の名札。


「𣜿? 誰だ?」


 良く知っている筈だが、ピンとこない。いつもは違う呼び方をしている所為。気にはなるものの、部屋で眠る方を優先。

 新品のベッドで、ふかふかの布団に包まれ眠る。心地良い眠気が意識を奪っていく。


(ねぇ、聞こえる?)


 耳元で誰かが囁いている。母ではない、もっと若い。聞き覚えは無い。


「政府の連中か? それとも学者? 話は後にしてくれ…」

(違う。私は、貴方…)

「何言っているんだ? 俺が、お前?」


 急に体が動き、ベッドから起き上がる。周りには誰も居ない。


(あそこの鏡に、姿を映して…)


 部屋の隅に置かれた鏡の所まで行き、体を映す。何も変わらない自分の姿。しかし、しばらくすると、女性の姿が重なって見える。薄くてよく分からないが、見知った顔では無さそう。


「幽霊の類か?」

(違う!)

「じゃあ、宇宙人?」

(違う! い、ん、せ、き!)

「…まさか、あの降ってきた?」


 降ってきた隕石が、自分の中に居る。様々な実験に晒されたが、痕跡は見つかっていない。しかし、クレーターが出来、住宅が薙ぎ払われた。隕石が降ってきた証拠は残っている。


(貴方は、私の所為で壊れた。バラバラに散らばり、集めるのに苦労した)


 隕石が降って来たのは確か。バラバラになるのは当然として、集めてどうにかなるレベルとは思えない。


「なぁ、もしかして…俺」

(死んだよ。だから、私の体を貸している)


 今でも隕石にぶつかった実感がない。幾ら状況証拠があっても、平然と生きている『今』を否定しきれない。流石の虚でも、簡単に受け入れる事は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る