第50話
福光家の一人娘であった奥様。
ご自身を、女王蜂と揶揄された。
若い頃、多くの取り巻きと、美男子にかしずかれ、贅沢三昧、我が儘し放題。自分は何もしなくても、その美男子たちが、働き蜂のように尽くし、爛れた生活を送っていたこと。
誰もが媚びを売り、なんとか取り入ろうとするなか、唯一、自分に興味を示さなかったのが、一央さん。
当時、交際していた女性がいた彼を、働き蜂に命じ、拉致監禁し、無理矢理自分と結婚させたこと。
すぐに子供が授かり、一央さんは、全てを捨てて、父親として、夫として、福光家の為に生きる事を決断したこと。
「その女性は、すでに、主人との子供をお腹に宿していて、未婚のまま、男の子を産みました。それが、今回、報道された隠し子です」
奥様は、気丈にも前をしっかりと見詰めていらっしゃった。気高さと誇りに満ちたそのお顔は、凛としてて、矢継ぎ早に飛び交う記者の質問にも、丁寧に答えていた。
「事情を知った槙一樹さんのお父様である芳樹氏が、その女性と、子供を手元に引き取り、面倒をみて下さいました。女性が病気で急死したのちは、子供を養子に迎え、一樹さんの弟として育てて下さいました。現在、公設秘書として、兄を支え、槙家を支え、年下の兄嫁をとても可愛がっています」
奥様の言葉に、吃驚しながら、橘内さんを見ると、彼は穏やかな笑みを浮かべ、その野暮ったい黒縁の眼鏡を片手で外し、スーツの内ポケットにしまった。
「ナオさん、驚かせてすみません。いずれ話すつもりではいたのですが・・・橘内は、亡き母の苗字。本当の名前は、
眼鏡を外した橘内さんは、見れば見るほど一央さんによく似てる。
「ナオさん、行きますか⁉私と、兄で貴方を守りますから、心配無用です」
「
二十畳はゆうにある広い応接間に、数え切れない程の座蒲団が敷き詰められていて、上席に、一人胡座をかき、気難しい表情を浮かべていた男性がそう名乗った。年齢は、一樹さんのお父さんとそう変わらないかも。
「初めまして、皆木ナオと申します」
緊張のあまり、唇を噛みそうになった。
「一樹、何ぼぉっとしてる。ナオの手を握ってやらんか。緊張して手が震えてる」
福光さんに言われ、一樹さんが慌てて、僕の右手をそっと握り締めてくれた。
気恥ずかしいけど、嬉しさの方が何倍も増して、自然と笑みが零れた。
「いやぁ、やっと君に会えて嬉しいよ。芳樹から何度も、うちの嫁は可愛いを連呼されてな。一樹に、さっさと会わせろと、何度言った事か」
「すみません男で・・・」
「そんな事ないぞ。一樹と支え合い、槙家を守っていくのが、君の役目。分からない事だらけだろう。うちの家内に、遠慮せず、何でも聞いて、一日でも早く慣れるよう心掛ければいい」
「はい‼分かりました‼」
笑顔で答えると、福光さんの表情が和らいだ。
あれ、この卵形の顔・・・
誰かに、輪郭が似てる。誰だっけ⁉
思い出せないでいるうち、記者会見が始まる時間が近くなり、僕は、隣の控室に案内された。
橘内さんと、鏡さんが先に正座して、待っていてくれた。
橘内さんに、隣に座るよう言われ、腰を下ろした時、何気なく彼を見て思い出した。
そう、彼橘内さんだ。
定刻の十四時になり、大勢の記者と、カメラマンが詰め掛ける中、静かに、記者会見が始まった。
向かって右から、福光さんの奥様、福光さん、そして、一樹さん。
鏡さんがいっていた、福光さんの息子さんの姿は、そこにはなかった。
控室に、モニターが設置されていて、僕は、画面越しに様子を見守る事に。
司会進行は、福光さんの秘書の方。
「わざわざご足労頂き、有り難うございます。プライベートな事なので、会場をこちらにさせていただきました。まず、週刊誌に報じられた、福光氏の隠し子の件ですが、福光家当主である奥様の方から、お話しさせて頂きます」
マイクを渡された奥様はゆっくりとした口調で話し始めた。
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