第6話
朝、五時に起こされ、そのまま近くの美容室へ。メイクを施してくれたのは姉の知り合いという藤さん。いつもニコニコしてて、初対面の僕にも気さくに話し掛けてくれた。
「肌がもともと綺麗だから、ナチュラルメイクでも充分いけると思う。やっぱり、姉弟ね。似てる」
髪が長かった姉に、少しでも似させるために、ウイッグを付けられた。
なんか、変な感じがして違和感半端ない。
「目元の涙袋や、笑うとえくぼが出来る所なんて、そっくり」
「似てないですよ、全然。あの、すみません。変な事聞いてもいいですか⁉」
「いいわよ」
「姉は、どうやって、一樹さんと知り合ったんですか⁉」
「早織は、その・・・」
藤さんは、急に言葉を濁し、押し黙ってしまった。
「話してあげたら⁉あの、女狐の事」
鏡の中に、紙袋を手にした、初老の女性が現れた。後ろを振り返ると、
「一樹の母です。皆木さんでいいのかしら。こんな馬鹿げた事に巻き込んでしまって申し訳ないわね。メイクが終わったら、これに着替えて」
「あっ、はい」
差し出された紙袋を受け取ると、一樹さんのお母さんが、隣の椅子に腰掛けた。
「槙さん、いいんですか⁉」
「いずれ分かる事よ。藤さんは、手を動かして。私が話すわ」
そう言うと、僕の顔をまじまじと眺めた。憎しみを湛えた冷たい眼差しで。
「あの女、金目当てに息子に近付いたのよ。胡散臭いとは思ったのよ。素性を一切話そうとしないし、何もかも嘘まみれ。挙げ句は、男と選挙資金を根こそぎ持ち逃げよ」
母が自ら死を選んだとき、姉を一番、憎んだ。
好きな人と、娘に、裏切られ、僅かばかりの貯金さえ奪われ、人生に絶望した。
憎い。
憎い。
憎い、けど・・・。
「あら、貴方、泣いてるの⁉」
泣きたくて泣いてる訳じゃない。
確かに姉は、罪を犯した。だけど、それなりの理由があったはず。
確かに、憎いけど・・・憎んでも仕方ない。
「もう、いいだろ。ナオは関係ない」
一樹さんが顔を出した。オーダーメイドのスーツに身を包み、きりっと精悍な顔つきで。昨日のだらしなさは、微塵も感じさせない。
橘内さんの言う通りかも。
一樹さんは、自分の母親を迎えに来たみたい。奥の部屋を貸してもらい紙袋をそぉーと覗いた。花柄のワンピースを渡されたときにはどうしようと思ったけど。良かった。入っていた白のブラウスと、黒のボトムズに着替えた。サイズもピッタリ。部屋を出た僕に藤さんが首にショールを巻いてくれた。
外に出ると橘内さんが待っていてくれて。彼が運転する車で五分ほどの選挙事務所へ。
すでに大勢の支援者が詰め掛けていた。注目されている選挙区とあり、大勢のマスコミも駆け付けていた。
その中心には、一樹さんと一樹さんのお母さん。彼のお父さんは入院中らしい。
「早織さん」
お母さんに呼ばれ、一瞬誰かと思っていたら、「ナオさん、貴方の事です」橘内さんに背中を押され、慌てて一樹さんの隣に立った。
出陣式を終えると、一樹さんは選挙カーに乗り込み、第一声を上げる駅前広場へと向かっていった。お母さんが事務所の留守役に回り、僕は橘内さんと支援者に挨拶回りへ。
バタバタと一日、目が回るくらい忙しくて、気が付いたら、夜になっていた。いつの間にか、寝ていたみたい。眼を擦りながら、車窓に目を遣ると、ファミレスの駐車場だった。
「ご飯、食べましょう」
橘内さんがドアを開けてくれて、後ろに付いていった。店に入ると、一番奥の座席に案内された。
「一樹さん」
てっきり、まだ、遊説中と思っていた彼がいて驚いた。隣に座るよう言われて、腰を下ろすと、すぐに手を握られ、腰を抱き寄せられた。
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