摩理勢との対話

第46話

数日後、稚沙ちさは女官の人達に支給される食事を取りに向かっていた。


 食事は1日2回で、宮で働く者は毎日支給される食事を取っている。


「あぁ〜お腹空いたな。早く食べたい」


 この時代の権力者達は贅沢な食事を食べれるわけだが、宮仕えの人達となると、身劣りする食事が支給されるのは否めない。

 米、イワシの煮つけ、野菜汁、漬物等で、さらにお米の量も位や仕事の内容で変わってくる。


 そして食事は膳部かしわでべの人達が作ってくれている。なのでその人達の働き場所に取り行っているのだ。


 ここの宮の女官達は多少の噂話をする時もあるが、基本的には皆働き者である。


 また大臣おおおみの妻が女官という場合もあり、他の人達も夫婦で働いていることもごく一般的である。


 その為稚沙自身も、出来ることなら今後妻となった以降も、女官を続けたいと考えていた。


(でも、椋毘登くらひとはその辺はどう考えているんだろう?そこら辺も一緒に聞いておけば良かったかも)


 稚沙はそんなことを考えてる時だった。彼女の場所から少し離れた所で、急に人の叫び声が聞こえてきた。


「ほ、本当に申し訳ありません!」


 誰かが相手に謝っているようなので、何かの仕事で失敗をやらかしてしまったのだろうか。


 稚沙がふとその人物の姿を見てみる。一人は小墾田宮おはりだのみやの仕える宮人で、もう一人はあの境部臣摩理勢さかいべのまりせだった。


(ま、まずい境部臣摩理勢だわ)


 稚沙は自分も巻き込まれてはたまらないと思い、何とかその場をそっと離れようとした。


 だが摩理勢の方は、まだ腹を立てているようで険しい顔つきをしている。


「こんな用件も満足に出来ないとは、お前とお前の一族は全く頼りにならない!」


「これでも今精一杯、資材の納品を急がせているところです」


「いつまた何時、百済より応援の要請が来るか分からないときに、お前といったら...」


 すると摩理勢は腰にあった剣を抜いたようで、宮人の男はさらに慌てふためいている。


(このままじゃ、相手の男性が殺されてしまう)


 稚沙はどうしたら良いかと慌てる。今自分が出て行ったら、自身にまで危害が及ぶかもしれない。

 でもだからといって、この状況下を野放しにもしたくなかった。


 すると彼女のそばを、1匹のネズミが横切っていこうとした。


(こ、これなら...)


「きゃーネズミ〜!!!」


 稚沙はちょっと大袈裟にして、その場で叫んだ。


 それは彼ら達の耳にも入ったようで、流石にここで問題ごとを起こすとバツが悪いと思ったのか、摩理勢は一旦刀を鞘に戻した。


 彼はかつて征新羅大将軍せいしらぎたいしょうぐんにも任命された人である。そんな痛烈な人物なので、彼を怒らすとただでは済まされない。

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