第47話

「とりあえず、納品の期日は絶対に守れ、良いな!」


「はい!ご希望にそえるよう善処いたします!!」


 宮人の男はそういうと、おじぎだけしてその場を逃げるように離れていった。


(よ、良かった!)


 稚沙も自分が誰かバレないように、その場を急いで離れようとした。


 だが境部臣摩理勢は、すぐさま彼女に声を上げて呼んだ。


「おい、そこに娘、今すぐ出てこない!」


 稚沙は突然呼ばれて、逃げるだすことも忘れて、慌てて姿を彼の前に現した。


 摩理勢はそんな彼女をひどく睨みつけてくる。


(こ、これはまずいのでは)


 稚沙はそんな彼の態度を目にして、酷く怯えてしまう。


 だが彼の方は、そんな彼女の姿を見て、思わずハッとした様子をしていった。


「あ前は、前に見たことがあるな...そうだ前に海柘榴市つばいちで、椋毘登と一緒にいた娘か」


 それは前に稚沙が椋毘登と歌垣に参加にする為に、海柘榴市を訪れた時のことだ。


「はい、あの時はその...挨拶も出来ておらず申し訳ありません。私はここの女官で、稚沙と申します。生まれは額田部ぬかたべの者です」


「何、額田部だと?」


 境部臣摩理勢はそういうなり、彼女をさらにじっーと見定めするかのようにして、じろじろと見てくる。


 そして彼は「うーん」といいながら、何やら考えごとをしている様子だ。


(一体この人は何を考えているんだろう)


 それから暫くして彼はやっと納得したのか、稚沙に話しかけてくる。


「なるほど、額田部といえば馬飼うまかい平群へぐりの同族だな。椋毘登も中々面白い所に目をつけたな」


「え?」


「お前のような娘が手に入れば、馬飼としての額田部と繋がりを持てる」


(この人は一体何をいっているの?)


「ま、摩理勢殿、それはどういう意味でしょうか」


「そのままの意味だ。この時代馬はとても貴重だ。移動手段としてだけでなく、戦地でも使える。恐らく今後はもっと必要になってくるだろう。それに炊屋姫とも縁が深い一族でだしな」


 つまり彼は馬飼としての額田部を、稚沙を経由して手に入れられると思っているのだろうか。


「あの、私が聞いた話しでは、彼は余り政に関わるつもりもないといってます」


「ふん、そんなの建前でいっているだけかもしれないぞ。あいつは自分がどういう立場にいれば、自身が安全でいられるかを常に考えている。何とも頭の良い奴だ」


「え、椋毘登が?」


「あぁ、そうさ。自分は額田部の娘を手に入れて、蘇我一族内での自身の立場の安定を考えたのだろう」


(そ、そんなはずは...)

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