第40話
「でも彼って蘇我の人でしょう?だったら相手も1人だけとは限らないんじゃない」
「そういえばそうかも。まだ妻を娶っているわけでもないから、まずは2番手ぐらいに収まるって方法もあるわね」
「以前女官の古麻と噂があったけど、彼女は否定していたわ。変わりに聞いた情報で、彼は色気のある娘が好きなんだそうよ」
(へぇ、今何て?)
彼女はそれを聞いて、思わず自身の仕事の手を止めてしまう。
自分は今、何とも凄い内容を耳にしてしまったようだ。しかも古麻と椋毘登が以前噂になっていたというのも初耳である。
「まぁ、それ本当なの!なら少し年上の私達でも行けそうね」
「そうなのよ。だから諦めるのはまだ早いってこと。今相手がいたからって別に気にする必要はないわ」
稚沙はそれを聞いて思わず固まってしまう。彼女達の強情さもさることながら、今の自身と椋毘登の関係など、彼女らからしてみれば、簡単にどうにでもなるといっているのだ。
彼は蘇我一族の者で、蘇我馬子の親戚筋にあたる青年だ。それだけでも年頃の娘達から見ればさぞ魅力的に映っていることだろう。
もちろん稚沙の方も蘇我の生まれではないにしても、一応は豪族の娘である。若干身分的には劣るものの、彼と一緒になることも不可能ではない。
だが元々余り容姿に自信のない彼女からしてみれば、それでも不安はどうしてもつきまとってしまう。これは身分がどうのいった問題ではないからだ。
(ど、どうしよう!このままじゃあ...というか古麻と椋毘登が噂になってたことも私知らないし……)
「じゃあ、こんど彼を見かけたら、色々聞いてみようかしら」
「それは名案ね。年下の彼なんて、それはそれで面白そうだし」
そういって2人の女官は、その場で小さくクスクスと笑いだした。
誰もがちょっとでも身分と力のある男性に見初めて貰いたいと必死なのだろう。
稚沙もここまでいわれてしまっては、流石にいてもたってもいられなくなる。
だがこの場で、2人女官の対して自分がその相手だと名乗り出ることもよう出来ない。
(とりあえず、ここは一度古麻に話を聞いてみよう)
そう思った稚沙はそのまま立ち上がると、2人の女官達に気付かれないようにしながら、そっと部屋の外へと出ていく。
外はまだ5月の肌寒さが残る季節で、彼女は思わず体をブルっと震わす。だが今はそんな寒さを気にしている場合でもない。
(早く、古麻の所にいかなくっちゃ!)
稚沙はそう思うなり、そこから全速力で駆け出していき、古麻のいる仕事場へと急いで向かうことにした。
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