第38話

今回は稚沙が歩けないこともあって、椋毘登は彼女の部屋の中まで送りとどけることにした。


 そして彼は辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、部屋の中に入り彼女を床におろした。


「椋毘登、今日は色々と有り難うね」


 稚沙は少し申し訳無さそうにしながら、椋毘登にお礼を伝えた。


「まぁ、お前の場合、いつものことだしな」


「本当に椋毘登ったら……でも今日は助けてもらえて本当に嬉しかったわ」


 だが稚沙はそれでも、椋毘登に対してとても感謝していた。


「椋毘登にはいつも本当に守られてるわね私は」


 彼女はそういうと「えへへ」といった表情をする。


 椋毘登はそんな彼女の表情を見て、ふと今日見た夢のことを思い出す。


(あの青年も、自身の妃を俺に助けて欲しいとかいっていたけど、本当にあれはどういうことなんだ)


 仮に彼の妃が本当にこの時代に生まれ変わってきているとしても、それがどこの誰で、何の助けを自分に求めてるのか、彼には全く検討がつかない。


 また同じ夢を見る機会でもあるなら、その時に再度確認も出来るのかもしれないが。


 稚沙は椋毘登が急に黙り込んでしまったので、ふと不思議に思って声を掛ける。


「椋毘登、どうかした?」


 そんな稚沙を見て、椋毘登は例の夢の件を話すべきか一瞬考える。だが余程のことがない限り、彼女に余計な心配をかけたくない。


 それにこの件に関してはまだ不透明なことが多すぎる。そんな中で迂闊に話すのは控えるべきなのでは?と彼は考えた。


「いや、何でもない。ちょっと拍子が抜けただけだよ」


「本当に大丈夫?私を背負ってたらきっと椋毘登も疲れたのね」


 稚沙はちょっと心配そうにして、椋毘登を見つめた。


(やっぱり駄目だ。稚沙を変なことに巻き込みたくない。あの皇子が妃を守りたいと思ってるように、俺だって守りたい子がいるんだ)


 それからふと椋毘登は立ち上がる。


「じゃあ、俺は行くよ。お前もちゃんと足を治せよ」


「うん、今日一緒に薬狩りにいった宮の人達が、小墾田宮には報告してくれるそうだし、とりあえず私は足を治すのに専念する」


「あぁ、それが良いさ。じゃあな」


 椋毘登はそういって、稚沙の家を後にすることにした。


 彼は小墾田宮に預けている馬を取りに行くため、宮へと向かって歩き出した。


 今日は稚沙の足の怪我でだいぶ帰りが遅れそうだが、何とか日が暮れるまでには、蘇我の自宅に戻れそうである。


「はぁ、今日はとんだ災難だったな~」


 椋毘登は歩きながら、これから何か良くないことが起こらないことを願うばかりだった。


「確かあの人は、自分のことを雄朝津間皇子とかいっていたな。本当に何なんだろう」


 こうして椋毘登は小墾田宮へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る