第31話

「あの頭の切れる馬子の叔父上が生きている限りは、それも無理じゃないか?」


 「え、そうだとやっぱり、父様と蝦夷が対立するってこと?」


 「うーん、そうだろうな。あとは小祚おその叔父上は政に余り関心がないし、その長子の椋毘登も同じような感だし」


 蘇我馬子には2人の弟がいた。1人が境部摩理勢で、もう1人が椋毘登の父親である小祚だった。


 蘇我馬子と蝦夷の親子。そしてこの境部摩理勢の親子に比べると、椋毘登の父親はこれまで余り表に出ることもなく、ひっそりとしている。


 また椋毘登の方も、以前に摩理勢親子達の前で、政に余り関わるつもりはないといっていた。


(でも小祚殿も臣の地位にはいるから、別に全く政に携わっていない訳ではない。とすると、単に人前に出たがらないだけなのかも)


 稚沙はとりあえず、そう解釈することにした。


「それと先日飛鳥寺で遊んでいて、うっかり瓦が外れて壊しちゃったじゃない?それで怒られてからずっと自宅に謹慎中で。それもやっと解けて、あれは本当に悲惨だったよ」


「阿椰、それはお前のせいだろ。まぁ止めなかった俺も悪いけど」


「あれは本当に反省だな。あはは…」


(へえ?)


 稚沙はそれを聞いて、ぞっとした。彼らはいったい日頃どんな遊びをしていたのだろうか。


(瓦って、建物の上にのかっているあの重たい塊のようなものよね)


 この時代、瓦は百済形式のものが飛鳥寺にて初めて導入された代物で、粘土を練って焼いた粘土瓦というものだ。

 そしてそれ以降も、この時代では寺院のみで使用されている。


(それは、流石に怒られらるはずよ)


 稚沙が思うに、この兄弟は割りとやんちゃな子供にみえる。だが境部摩理勢の息子ということもあって、周りの大人たちも中々口答えがしづらいのかもしれない。


「とりあえず、やっと外出できるようになったんだ。阿椰も大概にしろよな」


「はーい」


 その後この2人の兄弟は稚沙に気が付くことなく、その場を離れていった。


 2人が居なくなったのを確認したのち、彼女は回廊の柱からさっと出てきた。


「本当に、なんて話を聞いてしまったんだろう。椋毘登も本当に大丈夫なのかしら?」


 椋毘登も普段、稚沙の前で自身の一族のことは余り話そうとはしない。だが先程の兄弟の話を聞く限りでは、一族内でも対立があり、色々と溝が深そうである。


(椋毘登が、変に巻き込まれなければ良いけど……)


 こうして彼女らは翌日の薬狩りを迎えるのであった。

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