第8話
第8話 赤と黒
フロスとリヴィアは、叱られる事を覚悟していた。だが、里留は穏やかに二人を迎えた。怪我は無いか、嫌な思いはしなかったか、心配しつつ計画に理解を示した。心配されるのは嬉しいし、理解を示してくれるのは有難い。でも、不気味。あんなに反対していた計画を、心配一つで受け入れるだろうか? 本心が隠れている気がしてならない。
一週間後。
ガゼット率いる侵略軍は、魔王城に向かって進軍を開始した。道中にルーズがあるが、全く見向きもしない。侵略軍が通過後、シロは、訓練を終えた義勇軍を連れてシェルターを占拠すべく行進。軍としての体裁を敢えて保たず、分散した状態でガゼットに気付かれないようにゆっくり向かう。魔王城での決戦が終わった頃には、シェルターはルーズに占拠される。
フロスは、里留を説得していた。
「先生、リヴィアと共にルーズに避難してください」
「そんなに切羽詰まっているのか?」
「僕とビルだけなら、何の問題もありません。あの、正直に言います……足手纏いなんです」
フロスの言う通りだった。里留に出来るのは、平穏で凹凸の無い物語を作る事ぐらい。無理を押し通しても、地球の未来を摘むだけ。
「……分かった。その代わり、絶対、死ぬな」
「勿論です!」
物分かりの良さに違和感を覚えるが、取り敢えず不安は無くなった。後は、ガゼットを葬るだけ。
一週間後、ガゼットの姿が魔王城に近づく。手下達は、様々な武器を持っている。槍、剣、斧、どれも今文明を超越した精度。シェルターに残っていた物を隠していたとしか思えない。だとしたら何故、槍や剣といった闘争の道具をわざわざ残していたのか? 避難所には必要ない。
魔王城には、通り辛くする壁や罠が幾つも仕掛けられている。侵略軍は、警戒しつつ城に近づく。壁を通過する度、裏に悪れていないか確認。罠を解除する度、仕掛けられた意味を考える。だが、どれも杞憂に終わる。魔王城と仰々しい割に、あまりにも手薄。
「ようこそ、我らが魔王城へ」
フロスが、お辞儀をしつつ現れる。既に小剣を構え、いつでも操れる状態。
「ここがお前らの墓場となる」
ビルが、残像を伴い早速数体のリザードマンを屠る。
二人の姿を確認し、ガゼットは声高らかに宣戦布告する。
「皆の者、残酷なショーの始まりだ!」
魔王城最初の戦争が始まる。
その頃、里留はリヴィアの家で茶を啜っていた。
「大丈夫だろうか?」
リヴィアは、キッチンから質問に答える。
「とっても強いから、負ける事は無いよ」
「絶対は無い。万が一、二人が負けたら……世界は終わる」
比喩では無い。実際負ければ、ブレメルの母星から地球最後の通知が届く。
「誰よりも理解しているんだから、何が何でも勝つよ。それより、聞きたい事があるの? どうして、簡単に私達を許したの? 嘘吐いて裏切ったのに……」
「この程度、裏切りなんて呼べない。俺は、もっと……」
違和感を拭えない。リヴィアは、本能で里留を疑っている。
「里留、こんな時だけど……私と付き合ってくれる?」
「本当に変なタイミングで聞いてくるな。そうだな……何でも言う事を聞いてくれるなら、考えても良い」
「例えば?」
里留の表情が、何故か女性のように見える。
「子どもが欲しい」
衝撃的な発言。リヴィアも言葉を失う。だが、不思議と恥ずかしさは無い。
「良いよ、里留だったら」
「拍子抜けだな。もっと恥ずかしがると思ったんだけど」
里留は、大胆にリヴィアを抱き寄せる。
「早速、実行に移すか?」
本能が警告を発する。里留の奥底、想像もつかない恐怖が存在している。鱗が震える、筋肉が強張る。押し退けようとするが、体が麻痺して動かない。
その時、シロが血相を変えて入って来る。
「た、大変だ! が、ガゼットが!」
外には、地獄が広がっていた。ガゼットと手下が、ルーズの市民を蹂躙していた。無抵抗な女性を斬り殺し、逃げ惑う子どもを蹴り、苦労して建てた家を破壊する。義勇軍は出払っている。残っているのは、非力な者のみ。無残に殺されていくしかない。シロは傷を負いながら、可能な限り避難させる。
「どうして、ここに? 魔王城に行った筈…」
里留は、いつもの様子に戻っている。
リヴィアの本能も警戒を解いている。
「逃げよう! 今ならまだ間に合う!」
里留の手を握って逃げる。冷静に状況を判断し、ガゼットに見つからないように家々の裏を抜けてルーズに外へ脱出。しかし、早々に気付いた手下が追いかけてくる。里留が枷となり振り切れない。
「リヴィア、一人で逃げろ!」
「ダメ!」
「駄々を捏ねるな。俺なら大丈夫だ」
里留は失いたくなかった。大切な人を、これ以上二度と…。
リヴィアの腕を解いて、背中を押し、一人走っていく。狂気に染まった手下の下へ。
「ダメーーーーー!」
リヴィアは追い掛ける。その一歩は、里留より遥かに速い。あっという間に追いつき、里留を抱きかかえる。
その直後…。
「裏切者め…」
リヴィアの背中を、剣が貫通する。刺したのは、ガゼット。追って来ていたメンバーには居なかった。ルーズからどんなに速く走っても、追いつける筈がない。だが、確かにここに居る。
「お前も、母さんのように殺してやる!」
「やっぱり……お父さん…が……」
リヴィアは、里留を抱きしめたまま動かなくなる。意識は辛うじて残っている。本当はガゼットに言いたい事が沢山ある。しかし、時間が無い。大切な時間は、大切な人の為に使いたい。狂いそうなぐらい心配する彼の為に。
「おい、しっかりしろ! 俺の所為で、死ぬな……」
里留も剣に貫かれている。途轍もなく痛い筈。だが、何も感じない。痛みよりも、悲しみが増さっている。目の前で硬直していくリヴィアが、全ての感覚を奪っている。
「里留、ごめんね。私……約束、守れなかった」
「そう思うなら、絶対死ぬな! 生きて約束を守れ!」
「………私、里留とずっと…一緒に……居たい…」
微かな温もりが、死の冷気に染まっていく。もう何も話せない。だからせめて、最後の力で抱きしめる。消えゆく記憶に温もりを残す。後悔は沢山ある。だけど、リヴィアは幸せだった。
「リヴィア……目を開けろ。死ぬな、死なないでくれ……」
再び起きてしまった絶望。心が壊れる。
深く項垂れ、リヴィアが体から滑り落ちる。
「次は、お前の番だ。よくも、俺の娘を誑かしたな!」
ガゼットは、里留の首筋に向かって剣を振り下ろす。
誰も守ってくれない首筋に…。
魔王城での戦いは、既に決着していた。
「フロス様、お怪我は?」
「大丈夫だ」
ガゼット率いる侵略軍は、殆ど抵抗すら出来ず敗北していた。フロスの小剣に誘われて正気を失い、ビルの不可視の攻撃で殲滅。ガゼットまでも簡単に操れたのは予想外だが、横たわる死体を見ると杞憂だったと笑える。
フロスは、何気にガゼットの死体を調べる。肋骨、足、腕。
「折れた痕跡が無い…」
「治ったのでは?」
「確かに治癒能力は高い。だが、痕跡まで消えるのは流石に…」
首筋辺りを指で押すと、細い鉄の棒が出てくる。表面を指で辿り、僅かな凹凸を確める。
「……これは、ガゼットではない?」
「識別コードが違ったのですか? この容姿で、まさか…」
インプラント時、見た目で判別出来るように同じ容姿の個体は避けている。もし、同じ容姿の別人が存在するなら、それはブレメル以外の技術。
「ビル、もう一度シェルターを調査してくれ。念入りに、徹底的に…」
サニーが、猛スピードで走って来る。
「大変です! ルーズが、侵略を受けています!」
里留の事が思考の全てを埋め尽くし、フロスとビルは走り出す。
生きている事を、ただただ祈って…。
辺りに鮮血が飛び散る。
里留の体は赤く染まり、瞼はゆっくり閉じていく。
「な、にが……起きた…?」
勝利を手にした筈のガゼットも、血に染まっている。肩から背中にかけて深い傷。
「お前は、誰だ?」
里留を守るように立ち塞がる二人の騎士。一人は漆黒の鎧を纏い、両腕で鏡のように美しい盾を構えている。一人は深紅の鎧を纏い、身の丈程の赤い槍をガゼットに向けている。ガゼットの問いに答える様子は無い。
業を煮やしたガゼットは、手下を嗾ける。槍の突撃、剣の切払い、割り込むような斧の一撃。激しい攻撃だが、二人の騎士は軽く往なし、小手先で弾き返す。リザードマンの本能が促す。この二人と戦ってはいけない、と。拒絶できない。人間の思考より、本能の方が優先されてしまう。手下は全員逃げだしてしまう。
「重い体、支えてくれた……」
「優しい言葉、掛けてくれた……」
二人の騎士が初めて声を発した。
仮面を外して、素顔をガゼットに見せる。しかし、仮面の奥は真っ暗闇。しばらく見ていると、闇の奥に何かが見えてくる。漆黒の騎士の顔には、堅い甲羅が特徴的な虫。深紅の騎士の顔には、赤い角が特徴的な虫。
「あの時の虫……なのか?」
二人の騎士は、里留が大切に育てていた角虫と神鋼だった。
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