第7話

第7話 無謀な作戦の代償




 リヴィアの説得は、効果絶大。シロは呆気なく救援を要請した。ただし、魔王の力に依存せず、ルーズの市民だけで勝利するのが条件。人口こそルーズの方が多いが、実質戦力は暴虐の都の方が圧倒。しかも、罠や伏兵も情報も与えてしまっている。小手先の戦術は意味を成さない。シロも交え何度も作戦会議を開いたが、有効な手立てを見つけられず終わった。




 魔王城。

 リヴィアは、里留の部屋でフロスと作戦を議論。幾度も訂正した地図は、落書きをしたように黒く汚れている。

 里留は、原稿用紙に物語を書きながら聞き流している。


「この砂漠地帯にトラバサミを仕掛けたら? 丘から弓矢で射れば…」

「一時凌ぎにしかならない。トラバサミも、弓矢も、リザードマンの堅い皮膚にはダメージを与えられない」


 数多の情報を駆使するフロスでも策を見出せないのに、戦いに疎いリヴィアには荷が重い。ある一手以外は…。


「じゃあ、やっぱり……あの作戦しかないよ」


 黙って聞いていた里留が、間髪入れず猛反対。


「それだけはダメだ!」

「これぐらいしか思いつかない。きっと上手くやるから…」

「約束を忘れないでくれ…」


 結局、里留を説得出来ず、仕方なく帰るしかなかった。




 帰り際、門の前でリヴィアはフロスを呼び止める。


「どう思う? 私の作戦」

「どれも不完全、採用出来ない」

「…あの作戦は?」

「先生がダメだと言った筈だが」

「評価だけ聞かせて」

「……唯一、ルーズを救えるかもしれない」


 リヴィアは、首に掛けたネックレスを見せる。


「これがあれば、父は私を受け入れる」


 里留が反対した作戦は、暴虐の都への潜入。準備を挫き、戦力を整える時間を稼ぐ。戦意を削ぎ、戦力差を少なくする。娘という立場を駆使すれば、他の誰よりも難易度は低い。意図さえ上手く隠せれば、仮に失敗しても身の危険は無いに等しい。


「わがままに応えるのが好きで、多少の事なら疑わない。絶対大丈夫だよ」

「先生が心配していたのは、作戦成功後だ。裏切りを知ったガゼットは、ほぼ間違いなく報復をする。愛する娘であっても、許しはしない」


 リヴィアも分かっている。里留の件以外でも邪悪な行いを目撃している。しかし、実感は薄い。非道の刃が自分に向いた事が無い。お仕置き程度で許されると思っている。


「それでも、やらないと。また後悔してしまう」

「怖いのか?」

「うん、とっても。あの日の後悔の所為で、夢も希望も…消えちゃった」


 脳裏に刻まれた残酷な記憶は、あらゆる感情を侵食し、今までの自分を破壊してしまった。花嫁になる夢も、父から逃げる手段に変化した。


「父の下から離れたのも、その所為か?」

「身勝手だけど、自分だけは違うって思いたかった…」


 祖父の下へ行った事で、父は激怒した。何度も押しかけては、娘を詰問。精神的に弱っていく姿を見ても止めず、警察が介入して事態を収めるしかなかった。リヴィアの中では、ガゼットはモンスターのような存在になっている。


「………一度だけチャンスをやる」

「本当?」

「ただし、失敗と判断したら即中断。今後一切関わらせない。それでも良いか?」

「うん!」


 二人の作戦は、里留に隠したまま行う事になった。




 一か月後。

 リヴィアは、シェルターまで一人でやって来た。戦闘の準備は着々と進んでおり、槍や剣で武装したリザードマンがじゃれ合いながら訓練を行っている。練度は低いが、ルーズなら十分に攻め落とせる。


「おや、随分可愛い客だ」


 リヴィアに気付いたリザードマンが、欲望塗れの顔で近づいてくる。


「お、お父さんに会いに来たの」

「お父さん? 誰だ?」

「…ガゼット」


 一瞬衝撃が奔るが、直ぐに表情が和らぐ。


「嘘は良くない。ロードに娘が居るって聞いていない」


 ガゼットは、戦いの中で上り詰めた。周りに居るのは、ガゼットに敗北した仮初の仲間。真に信頼出来る者は居ない。弱点になり得る家族の話は、タブー。


「本当だよ。このネックレスが証」

「どれどれ…」


 ネックレスを確認する振りをして、強引に引き千切る。


「こんな物が証になるかよ! さぁ、俺達の相手をしてもらおうか…」


 リヴィアに襲い掛かろうとした瞬間、大きな槍がリザードマンの体を貫く。死に絶える目で見たのは、激怒し迫って来るガゼット。恐怖は無い。在るのは、侮ってしまった後悔。


「俺の娘に、何をするつもりだ?」


 シェルターから現れたガゼットに、リザードマン達は平伏す。しかし、武器を手放す者は居ない。


「…本当に、娘ですかい?」

「そうだ」


 娘と聞いても、態度を変えない。それよりも、娘が弱点になり得るか探っている。


「久しぶりだな」

「…うん」


 鋭い眼差しのガゼットだったが、死体が握っているネックレスを見て笑顔になる。


「戻って来る気になったのか? 待ちに待ったぞ」


 ネックレスをもぎ取り、リヴィアの首に戻す。


「また、わがままを聞いてやる」

「ありがとう。お父さん、大好き」


 リヴィアの予想通り、ガゼットはネックレス一つで簡単に受け入れた。敵に囲まれた戦場で弱点を晒すと分かっていても。




 シェルターの奥に案内されたリヴィアは、早速危険に遭遇していた。圧倒的王者が見せた弱点に、覇権を狙うリザードマンは集まっている。そこには、殺意しかない。取り入るつもりも、懐柔するつもりもない。各々武器を構え、リヴィアに襲い掛かる。リヴィアを手に入れれば、ガゼットの力を封じ込められる。届かないと思っていた王座に座れる。


「リヴィア、何か欲しいものはあるか?」


 殺意に囲まれても、ガゼットに焦りは無い。敵に背を向け、沢山の宝石を見せている。


「…これ、綺麗」

「流石は俺の娘、見る目がある!」


 襲い掛かるリザードマンを、ガゼットは片手間で往なす。どんな武器を使っても、どんな方法で襲い掛かっても、表情を歪める事すら出来ない。ガゼットには自信があった。ここに居る誰にも負けない。


「ねぇ、お父さん……私、村が欲しい」

「村? どうしてだ?」

「ここは薄暗くて嫌。景色が良い場所に私専用の村が欲しい」


 大きなわがまま。普通なら笑って拒否される。


「よし、分かった。丁度良い沼地が西方にある」


 わがままに応えるのは、ガゼットにとってのステータス。願いが大きければ大きい程、叶えた時の満足感も大きくなる。誰よりも自分が勝っていると実感出来る。




 一か月後。

 シェルターから西、紫色が綺麗な沼の畔。たった一人の為の村が現れた。二階建ての精緻なロッジ、濾過した透明な水で満たされたプール、村というより避暑地の別荘。


「すまないな。この程度で…」


 手下を足蹴に、ガゼットは頭を掻く。


「物凄くうれしい。ありがとう」

「そうか、それは良かった」

「でも、娯楽があったらもっと良いのに…」


 新しいわがままに、ガゼットは嬉しそう。早速手下に命令する。

 手下は、不満を募らせる。

 これこそが、リヴィアとフロスが考えた作戦。




 その後も、リヴィアはわがままを言い続けた。フロスが指南した通り、難解過ぎず、ガゼットが楽しめる範囲に抑えて。その結果、暴虐の都はルーズどころではなくなった。ガゼットはリヴィアのわがままに依存し、手下は不満のあまり戦争の準備を放棄してしまった。作戦は大成功。リヴィアは、ルーズを救った。しかし、その代わり、リヴィアは脱出不可能になった。リヴィアが居なくなれば、ガゼットは取り戻す為に再びルーズを狙う。戦争が始まれば、血気盛んな手下の不満も解消され状況は一気に進む。




 里留は、戻って来ないリヴィアを心配していた。ビルを使って調べても、シロに事情を聞いても、何故か「元気にしている」のセリフしか返って来ない。フロスに至っては、最近部屋に寄り付かない。何か問題が起きたのか、と、不安で堪らない。


「…サニー、そこに居るか?」


 外に向かって声を掛けると、サニーが部屋に入って来る。


「何か御用ですか?」

「リヴィアの件について、フロスから何か聞いているか?」

「私は何も聞いていません。ただ、「先生の本を売る戦略を考えてくる」としか」


 サニーに伝えていないのは、フロスらしくない。今まで一度もこんな事は無かった。


「……サニー、ちょっと考える事がある。しばらく一人にしてもらえないか?」

「分かりました」


 一人になると、里留は腹を摩りながら独り言を呟く。


(…また、隠すのか…)


 瞼を閉じ、夢の中で呟いている。

 里留は、確かにリヴィアを心配している。しかし、その意志の裏に、別の意思が隠れている。それは初めから。1000年を超える為に、フロスが仕組んだ何かが今の状況を作っている。




 リヴィアの村。

 リヴィアは、一人寂しく沼を見つめる。周りには、父から送られた『わがまま』が沢山。荒涼とした世界には、贅沢過ぎる光景。しかし、心が満たされる事は無い。ここには、本当の愛は無い。


(リヴィア……)


 木陰からフロスが声を掛ける。

 リヴィアは、辺りを気にしつつフロスに近づく。


「逃げられそう?」

「いや、難しい。色々細工を施したが、ガゼットを操れない」

「解決案があるって言ったじゃん!」

「依存が強過ぎた。想像よりも遥かに…」


 小剣に施した細工は、脳に直接作用する一種の毒。気合で対処できる代物ではない。解毒剤を用意しようにも、地球には存在していない。何をどう考えても、ガゼットに通じない理由が掴めない。


「お母さんみたいになるかも…」

「どういう事だ?」

「……居なくなった。お父さんは、「別の男と出て行った」って。でも、本当は違うかも…」


 リヴィアは、里留の件を期に考えるようになった。もしかしたら、母は父に殺されたかもしれない、と。口論の絶えなかった母が、隣町の男性と買い物に出掛けていたのを知っている。浮気と疑っていたら、極端な行動を取っていても可笑しくない。裏切りに敏感で、許す事を知らない。そんな父なら…。


「こうなったら、俺達が介入するしかない。ガゼットの怒りを魔王城に向けさせる」

「でも、そんな事をしたら…」

「先生なら大丈夫だ。僕達が何が何でも守ってみせる!」


 復讐に囚われた者の恐ろしさ、侮ってはいけない。フロスの持つデータにはしっかり記載されている。しかし、リヴィアを里留の下へ帰す事しか考えておらず、ガゼットの行動を精査していない。魔王城に対して何をするのか、本当に里留は守れるのか、侮りの下に蔑ろにされている。それくらい、里留の為にはリヴィアが必要だった。多少の危険に目を瞑っても…。




 フロスはリヴィアを連れて魔王城に逃げた。必要な痕跡を残し、魔王城の関与を明確にして。これだけでも十分効果はある。だが、もう一つ手を打つ。




 シェルターの前で、ビルが仁王立ち。その手には、リヴィアのネックレスが握られている。

 手下達が、武器を持って集まって来る。


「お前、リヴィアに何をした?」

「別に何も。ただ、知らせに来ただけだ」


 奥からガゼットが出てくる。


「ガゼット、リヴィアからの伝言だ。「母が居なくなった真相が知りたい」だと」

「……困った、わがままだ」


 ガゼットは、手下から巨大な槍を受け取る。三人掛かりの重さを、片手で扱っている。


「俺にも聞けないわがままが在るって、教えてやらないとな!」


 大胆な薙ぎ払いで、ビルを払い倒す。直ぐに態勢を立て直すが、次の一撃が躱せない。脇腹に強烈な直撃を受ける。だが、ビルは平然。何事も無かったかのように、軽い足取りでジャンプする。


「お前も知った方が良い。どうにもならない現実が在るって事を!」


 風音を残し、ビルが消える。五感を研ぎ澄ませても、何も捉えられない。

 次の瞬間、ガゼットの視界にノイズが走る。


「殺しはしない…」


 肋骨が圧し折れる。音も無く、痛みも無く。


「真相を話す気になったら、いつでも魔王城に来い」


 足が折れる。腕が折れる。それでも諦めない。尻尾で槍を巻き取り、適当に振り回す。すると、槍を回避する為、一瞬ビルの姿が現れる。千載一遇のチャンスの逃さず、奥歯から濃縮した毒を吐き掛ける。見事命中。しかし、全く効いていない。袖を千切って、顔の毒を拭う。


「貴様……」

「じゃあな」


 ビルは悠然と、背を見せ去って行く。

 大量の憎悪を引き連れて…。

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