第5話
第5話
リヴィアの告白を受けて、ガゼットを調べ始めた。
オリジンより解き放たれて直ぐに、荒くれ者を引き連れルーズ南東に町を構えた。その名も『暴虐の都』。力こそ全て、弱き者は奪われるのみ。正義も、秩序も、この町では笑いの種にしかならない。ガゼットは、そんな暴政の都の王。恵まれた体躯と残忍性を武器に、日夜繰り返される闘争に勝利し続けている。
里留は、机に並べられた情報に頭を悩ます。腹を摩りながら。
サンドイッチを持ってきたサニーは、一枚のデータを確認して溜息を漏らす。
「サニー。リヴィアのトラウマは、この世界で起きた出来事が原因だと思うか?」
「恐らく、人間だった頃。その中でも、精神未熟な幼い時期」
シロにも話を聞いた。殺人の事実は確認できたが、時期が曖昧になっている。適合化プロセスの影響だと、フロスは言っていた。
「シロ、リヴィア、ガゼット、誰でも良いから人間だった頃の名前は分かるか?」
「…いいえ、検索出来ません」
「リヴィアを襲っていた三人組は?」
「……一人だけ、判明しました。現在の名前、ダット。人間時の名前、
「残り二人とシロ、関係は?」
「親戚関係です」
「親戚関係は判明しても、親子関係は判明せず……」
明らかに何等かの意図が働いている。そしてその範囲は、シロ、リヴィア、ガゼットの過去に限定。名前が判明しただけでも、秘匿者にとって問題になる。
「…調べるつもりですか?」
「いや、このままで良い。俺は、フロスを信じている」
暴虐の都。
地下に設置されたシェルターを利用した町。天井部分に焼けた跡があるものの、破損個所は見当たらず、広大な居住スペースを確保できる。入口の状態も良く、避難が間に合っていれば生存者が居てもおかしくない。ただし、生き残ったところで、毒と酸に侵された世界で真面に生きて行けるとは思えない。
「こんな場所が…」
ガゼットの台頭を受け、フロスは情勢を正しく知る為の調査に来た。しかし、シェルターの状態を目の当たりにして本来の調査を忘れそうになっている。入口の電子錠の様子を確め、壁の厚さを計測。取得していた地球の技術レベルを超えている。
しばらくすると、リザードマンが集まって来る。問答も無く、いきなり臨戦態勢。各々武器を持ち、フロスに襲い掛かる。戦いの園で鍛えられた猛者達、人間じみた動きは越えている。四足歩行で素早く移動しながら攪乱、フロスの死角に回り込みながら鋭い爪で切り刻む。成す術無いのか、フロスの体は傷だらけになっていく。
「申し訳ありませんが、ガゼットを呼んで貰えますか? これでも忙しいので、出来るだけ早急に…」
返事は無い。ただ、殺戮を楽しみたいだけ。
フロスは、脇腹に手を添え僅かにスライド。すると、リザードマンはピタリを動きを止める。冷や汗が頬を滑り落ち、全身が小刻みに震える。
「お、奥に……居る」
力の差を思い知ったリザードマンは、悔しさを滲ませつつも居場所を吐露した。
シェルターの内部は、複雑な構造はしていない。声のする方に歩いていけば、自ずと人のいる場所へ辿り着く。
人集りの中心で、リザードマンが戦っている。体躯に優れた褐色のリザードマン。両肘に他に見られない鋭い突起がある。刃のように鋭く、これで挑戦者の腹を裂いている。
「僕が相手になります」
フロスの貧弱な姿に、褐色のリザードマンは嘲笑う。
「その辺の雑魚で満足しろ! 俺の相手では無い」
「戦っていないのに分かるんですか?」
「お前の体が物語っている」
フロスが一歩踏み出すと、褐色のリザードマンは全身を強張らせる。本能が勝手に臨戦態勢を取らせている。
「…何事だ? こんな奴に?」
間合いが狭くなる。近づく未知の恐怖に、褐色のリザードマンは迷う。戦うか、退くか。戦えば本能を裏切り、退けば今を喪失する。
人集りを押し退け、ガゼットが現れる。
「逃げれば、俺が殺す!」
「………安心しろ。こんな奴相手に、逃げるものか!」
本能を裏切りフロスに挑む。素早くすり抜けながら、肘の突起で斬りかかる。
フロスは動かず、成すがまま脇腹を切り裂かれる。脇腹から血が溢れ出る。
「勝った……勝ったぞ!」
声を上げる褐色のリザードマン。だが、その体はゆっくり傾いていく。確かな実感を抱えたまま、意識は混沌に沈んでいった。
勝利したフロスに、ガゼットが近づく。
「なかなか、やるな。虫弄りしか能が無いと思っていたぞ」
「難しいんですよ。想像よりも何倍も」
「そうか、ふ~ん。まぁ、どっちでも良い。取り敢えず、あの虫を寄こせ。そしたら、生きて帰してやる」
手下が集まって来る。しかし、フロスの実力を思い知らされ、腰が引けている。
「残念ですが、あの二匹は死にました」
「凄まじい芸術家だな! 脆弱性追求の為、死を与えたのか!」
「勘違い甚だしい。あの二匹は、もっと早く死ぬ筈でした。優しく世話をしたから、気持ちに応えコンテストまで生き抜いた」
「どっちも一緒。死は死だ」
「全然違う。身勝手で殺すのと、自らの意思で生き抜いたのは」
フロスの言葉は、ガゼットを苛立たせる。正しければ正しいほど、反する意見で穢したくなる。
穢せないなら、壊したい。
「……違ったとして、選べる者は限られている! 殺されれば、身勝手な殺戮に屈する事になる!」
リザードマンが集まって来る。武器を構え、あらゆる死角に張り付く。逃げ場なんてない。
そんな状況でも、フロスは顔色を変えない。
「例え身勝手に殺されても、最後まで抗えば、それは生き抜いたと言える。忘れないで下さい。強い意志は、どんな力でも消し去れない。きっと誰かの心に残り続ける」
ガゼットの合図をきっかけに、リザードマンが一斉に襲い掛かる。
フロスは脇腹の穴に腕を突っ込み、針のように細い小剣を取り出す。指揮棒のように扱い、リザードマンを操り人形のように動きを制御。ダンスを踊らせ、笑顔に変え、持っていた武器を捨てさせる。
「一応言っておきますが、話を聞きに来ただけで、戦いに来たわけではありませんよ?」
「ここは暴虐の都。そして、俺は
手下を蹴散らし、ガゼット襲来。
小剣でガゼットを操ろうと試みるが、通じない。ガゼットを諦め、手下を利用して応戦。引き出された本来以上の力で、ガゼットと対等の戦いを演じる。だが、それが限界。戦いを終わらせる事は出来ない。
「一つ目の質問、この場所を見つけたのは偶然? それとも、必然?」
「………偶然」
勝手に始めた質問に素直に答える。いや、表情を察するに、答えさせられてる。行動は制限出来なかったが、思考の一部を掌握していた。
「二つ目の質問、この場所に生活痕はありましたか?」
「………無かった」
「三つ目の質問、この場所に手を加えましたか?」
「………柱を二つ壊した。鍵の掛かった小さな箱を捨てた」
「最後の質問、あなたはルーズをどうするつもりですか?」
最後の質問以外は、シェルターを拝見して生まれた疑問。本来の目的が霞んでいるが、それでも知りたかった。
「ルーズは………」
ガゼットは、笑みを浮かべ手下達を強引に薙ぎ払う。
「壊す! この世界に、秩序は与えない!」
一気に間合いを詰め、フロスを全力で殴る。命中と破壊を確信し笑みを強める。
だが…。
「聞きたい事は、これで終わり。ご協力、ありがとうございます」
褐色のリザードマンが身代わりになっている。操り、フロスの背後に潜ませていた。
小剣を仕舞うと、全ての束縛が解ける。しかし、ガゼットは襲ってこない。
「……貴様、何者だ?」
「とあるお方の秘書のような存在です」
「秘書でこの実力…さぞ、強いのだろうな、そのお方とやらは…?」
「はい、触れぬ事をお勧めします」
ガゼットは鱗を震わせる。全身を奔る戦慄を噛みしめ、初めて獲物を逃がす選択をする。
魔王城に帰還したフロスは、脇目を振らず里留の部屋に駆け付けた。
「先生! 大変です!」
ベッドで休んでいた里留を無理やり起こす。
「ど、どうしたんだ?」
目を覚ました里留は、腹を摩っている。その様子を見たフロスは、不安気な表情をする。しかし、その件に関して問う事はしない。知っているからこそ、問う必要が無い。
「暴虐の都の正体は、人間が作ったシェルターでした。状態は良く、多数の人間が長期間暮らしていた事が判明。捨てられた鍵付きの箱には、小麦粉と芋の種子が入っていた痕跡も」
「それって……生き残りが居たって事か⁉」
「はい。ただ、いつまで生きていたかは不明です。シェルターだけで暮らしていたとするなら、10年から20年の間。外の環境に順応する術を発見していたなら、もしかしたら…今も」
「………それって大問題じゃないか! バレる前に匿わないと…」
ブレメル星は、里留以外の地球人を全て消し去ったと思っている。そのお陰で、地球は更なる攻撃を受けず新しい生命を宿す事が出来た。もし人間が生きていて、それを知られてしまったら、今度こそ完全に消し去られる。次は無い。可能性の一切を封じて、人間の居ない星に変えられてしまう。
「僕が心配しているのは、もう一つの可能性」
「もう一つ?」
「1000年の時を、知を深める為に費やしていたら………彼らは、ブレメルに比肩する」
生き残った者には、侵略者への怒りが内包されている。知識を深め、匹敵する日が来たなら…復讐に着手する。それが地球人。
「あり得るのか?」
「無いと断定する材料がありません。警戒はしておいた方が良いです」
ふと、里留は本来の目的を思い出す。
「ところで、ガゼットはどうだったんだ?」
「なかなか手強いですね。野望も明確で、実行力もある。上手く対処しなければ、ルーズを掌握されてしまいます。そんな事になったら、先生の物語は……」
里留は、もう一つの質問を喉元で引っ込めた。語らない理由がある、フロスが話すまで待つ。だが、心の奥では聞きたい葛藤と戦っていた。知る事で、リヴィアを救えるかもしれない。
翌日。
いつもの彼女が戻ってきた。
「魔王様は?」
魔王城の門は、彼女を優しく受け入れる。
軽快な足音は、里留の部屋に向かう。
「里留ーーー!」
身勝手でも、笑っている方が良い。里留は、初めて笑顔で出迎えた。
「今日も留守だぞ」
「やっぱりか~。まぁ、良いけどね」
リヴィアは、書きかけの原稿用紙を覗き見る。
「……あれ? いつも同じだけど、何だか……良い」
父の存在が心を揺さぶり、忘れていた感情を呼び覚ました。見栄えの良さより、ショーイズムより、平穏さが傷を癒す。
「他も読んでみるか?」
「うん」
心の傷が無いと読んで貰えない物語。
里留は、複雑な気分になる。
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