第4話
第4話 昆虫コンテスト
創生起源歴1005年。ルーズの市長、シロの手によって様々な知識が流布された。食料は十分に供給、住居は頑丈に、衣服が充実しファッションの概念も生まれた。生活が安定すると、リザードマンは娯楽を求めるようになった。
しかし、里留の本はその対象になっていない。
里留は、机に突っ伏し、腹を摩る。最近、いつもこの行動を取っている。腹が減っている訳ではない。痛い、苦しい、違和感、どれも違う。もっと言うなら、何故腹を摩っているのか、本人も理解していない。気付いたら摩っている。
「里留~、また来たよ」
ノックも無く、少女が入ってくる。
あれから一か月、毎日来ている。そして、その都度…。
「魔王様は?」
と、尋ねる。一週間は鬱、二週間経てば諦め、三週間経ったら慣れてしまった。彼女が魔王に会いたがっているのは、交際を認めてもらう為。意外にも律儀なタイプらしい。
「今日も留守だぞ」
「一か月じゃダメか……あ~あ、早く帰って来ないかな」
「それより、いつになったら名前を教えてくれるんだ? 何て呼べば良いか困るだろ」
「へへへ、まだダメ~。もうちょっとだけミステリアスな女で居たいの」
不思議な理屈に付き合っているが、実はフロスの調査によって明らかになっている。彼女の名前は、リヴィア。人間当時、20歳の大学生だった。里留は黙っている。身の安全の為に…。
「悪いけど、今日はシロが来る。これ以上は相手をしてやれない」
「知ってる」
帰る様子はない。
「一緒に居ても良いって言っていたから、帰らないよ」
気の休まる時間は貰えなかった。落胆する束の間、シロとの関係が気になった。
「ところで、シロとはどういう関係なんだ? 魔王城の事もシロに聞いたんだろ?」
「しょうがないな~、それくらいは教えてあげる。私のお爺ちゃんだよ」
フロスの調査は多岐に渡る。名前や年齢に留まらず、家族関係、友人関係、行動パターンに行動歴。理解し制御出来る範囲まで調べ上げる。シロを布教の徒に出来たのも、そのお陰。しかし、リヴィアに関しては、名前、年齢、最終学歴以外何も調べていない。シロが祖父というのも、今初めて知った。これまでを考えると、フロスの怠慢はあり得ない。調べられなかったか、データに残っていなかったか。急いで全てのデータを収集した為、多少の欠損はある。ただ、10万人以上インプラントが終了しているが、リヴィア以外に該当例は存在しない。
扉をノックし、フロスが入って来る。
「先生、シロが来ました」
「通してくれ」
シロは、沢山を野菜を抱えて現れる。
入れ替わるように、フロスは去って行く。
「よお、里留。豊作の礼を持ってきたぞ」
「ありがとう」
野菜を受け取ると、体調が悪くなる。呼吸が荒くなり、節々が痛くなる。野菜に付着していた毒を吸い込んだ所為。
「里留……すまん!」
「どうしたんだよ、急に」
「本の件だが、思った以上に上手く行っていない」
シロは、市長業の合間に本の布教を熱心に行ってくれている。農耕を指導する合間、他都市との会合の席など、様々な折に注目のポイントをアピールして必要な物だと訴える。敏腕市長のお勧め、誰もが一度は目を通す。しかし、訴えが響く者は居ない。面白くないと一蹴して終わる。
「そんなに気にするな。この内容じゃ致し方ない…」
「内容にテコ入れは出来ないのか? もし良ければ、手を貸すぞ」
「残念だが、これが宇宙人の好みなんだ。変えられない」
「………厳しいな」
黙っていたリヴィアが口を開く。
「お爺ちゃん、何か方法は無いの?」
「そう言うと思ったぜ。最近、昆虫コンテストが流行っているらしい。美しさ、大きさ、脆弱性、この三点で評価。入賞者には名誉が与えられ、話を聞くに値する存在になれる」
里留は、机に脇に置かれた虫篭を引っ張り出す。
「これが、その虫だろ? 確か、
角虫は、何といっても赤い角が特徴。体長の半分を占める長さ。先端は鮮やかな赤だが、付け根付近は黒ずんでいる。角は立派だが、足は貧弱。自力で歩く事すら出来ないようだ。神鋼は、見るからに堅そうな甲羅が目を惹く。顔を近づけると鏡のように映る程。しかしながら、重すぎる所為で梯子状の枝で支えないと潰れてしまう。
「知っていたのか⁉」
「まぁ、聞きかじって試した程度だけどな」
「試した程度? 余裕で入賞レベルじゃないか!」
家族を観察している内に、自分も育ててみたくなった。幸い、魔王城は虫を育てるのに最適な環境。時間さえ掛ければ、割と簡単にここまで育つ。
「じゃあ、本の件はこれで……」
「入賞程度で満足するのか? このレベルだぞ! どうせなら、更なる高み。最優秀を狙わないか?」
「ね、狙えそうなのか⁉」
「初参加では厳しいのが通例だが、市長の後ろ盾があれば……可能だ」
シロは、リヴィアにウインクを送る。
「推薦状を用意してやる。これが在れば、100%だ!」
リヴィアがシロの肩を掴む。すると、二人の瞳が怪しく光る。
「その代わり、孫と交際しろ」
市長の重責を担っていても、孫の魔力には敵わなかった。信頼関係、利害関係、全部無視した取引。里留には、同意し難い。
「………悪いけど、それは出来ない」
「どうして?」
「取引を材料に付き合っても意味無いだろ? そんな事で愛が生まれるのか?」
里留なりの反撃。これで納得してくれれば良いが…。
「愛ならもう、ね♡」
「そんなに簡単じゃ…」
人間の里留に、リザードマンの良さは分からない。胸を強調されても、顔を近づけられても、心は揺れない。
「安心して、魔王様は絶対説得してあげるから」
やっぱり話を聞いてくれない。だからと言って説得するのは不可能。無理をすれば、状況を悪化させる。かと言って、曖昧な対応も取れない。
「シロ、やはり断る。コンテストは見送って、別の方法を探る」
「ちょっと交際すれば済む話だ。そんなに意地を張るな」
虫篭をシロに渡す。
「市政安定の為に活用してくれ」
「お前、そこまで……」
説得を諦め、布教を諦め、一旦シロの力も諦める。その代わり、取り戻せる猶予を残す。
「勘違いするなよ。俺は正道を問うているだけで、彼女を否定したい訳でも、遠ざけたい訳でも無い。次は、公私混同は控えてくれよな」
リヴィアを否定しない事で、シロとの対立を避ける。政治的な判断としては良好、シロは納得している。だが、リヴィアは然程納得してない。
「付き合って欲しいのに……」
「それは、魔王様を説得してからだろ? それとも、諦めたのか?」
一か月も待ち続けた根気に賭けて正解だった。リヴィアも何とか納得してくれた。笑顔で頷く。
「里留、悪かった。孫の話は無し、コンテストの推薦状を用意する」
今日の話し合いも上手く行った。二人には内緒だが、これもフロスが予想した通り。里留の反応も込みで、全部仕組まれていた。ただ、手放しに喜ぶ事も出来ない。フロスがシロを把握するように、ブレメルがフロスを把握している可能性。考えると、不安になってしまう。
毒分解に優れた樹林の奥、丸太を円状に配した奇妙な場所がある。ここは、昆虫コレクターの聖地『エフェメラル』。良く晴れた日が一週間続かないと使う事が出来ない。そして、推薦者に選ばれた者のみが場所を知れる。
参加者と思われる一団が、エフェメラルに集まって来る。その中には、フロスとシロの姿も。
「はいは~い、参加者は受付で申し込みを済ませて下さい! 推薦状をお忘れの方は、残念ながら参加出来ません!」
筒状に丸めた厚紙をスピーカー代わりに、司会役のリザードマンが呼び掛ける。名誉ある大会、流石に推薦状を忘れた者は居ない。動揺する様子無し。
「なぁ、フロス……里留はどうした?」
「体調を崩されました。お孫さんから聞きませんでしたか?」
「……聞いていない」
魔王城での様子に変化はない。いつも通りやって来て、いつも通り「魔王様は?」と尋ね、いつも通り里留に粘着する。しかし、シロとの関係は変化しつつある。会話が減り、秘密が増える。行動を把握出来ない。
「反抗期か?」
「遅い者も居ると聞きますが、彼女は違うと思いますよ」
「じゃあ、何だ?」
「巣立ちですね」
反抗期より遥かに強ダメージ。シロは、その場に座り込む。
その様子を笑い、かなり長身のリザードマンが近づいてくる。普通のリザードマンが子どもに見えるサイズ。
「市長ともあろう男が、みっともない」
声を聞いただけでシロは不機嫌に。
「ガゼット、喋るな。気に障る」
立ち上がったシロは、ガゼットに掴み掛る。
「随分な挨拶だな。それが息子への言葉か?」
「貴様のような奴、息子と思った事は無い! お前の所為で、孫がどんな思いをしたか…」
深い因縁が窺える。睨み合ったまま視線を逸らさない。
「全てを俺の所為にするつもりか? ふん、まぁ良い。今日は特別に許してやる」
ガゼットは、薄ら笑いを浮かべ去って行った。
「すまない。変なモノを見せてしまったな」
「気にしないで下さい」
手続きを終えた者から順に、丸太に昆虫を乗せていく。最も美しく見えるようにポーズを決めて、脆弱な体を支える仕組みを施す。ルールは二つ。絶対に丸太に乗せる、一度手を離したら審査を終えるまで触れてはならない。どんなに素晴らしくても、ルールを破れば失格になる。
「始まったようだ。急いで置いて来い」
場所取りも重要。丸太の形は統一されておらず、展示する虫によって相応しい物が違う。
「ちょっと行ってきます」
残った丸太をチェックする。二つに割れた物ばかりで、綺麗な丸太は全て取られている。
ガゼットが近づいてくる。
「親父を選んだ時点で終わりだ。見る目が無かったな」
「審査に介入していると解釈しても?」
「まぁな~」
残った丸太を蹴っ飛ばして去って行った。
嫌がらせに、何故かフロスは笑みを浮かべる。
「そっちがその気なら…」
脇からナイフを取り出し、丸太を細工し始める。大胆に削り、くり貫き、丸太自体を昆虫を引き立たせる舞台に変えていく。手際の良さは視線を引き寄せ、昆虫への期待を膨らませる。丸太の細工が終わり、満を持して角虫と神鋼を配する。素晴らしい舞台が増幅させた魅力は、歓声を以って受け入れられる。
直ぐに審査が始まる。各々の丸太にポイントが刻まれ、順位が確定していく。フロスともう一人を残した状態で、残っていたのは1位と12位。誰もがフロスの1位を確信していた。ところが、実際は12位。今大会の最下位。あまり出来の良くない最後の参加者が1位になった。1位になった参加者の傍には、ガゼットの姿。才能や結果が、権力に屈した瞬間だった。
最下位の事実を聞いても、里留は平常心を保っていた。不正があったと知っても、誹謗中傷に晒されても。
いつも通り、リヴィアが魔王城にやって来た。だが、雰囲気はいつも通りでは無い。暗い表情で溜息を洩らし、重い一歩をようやく踏み出している。気になったビルが声を掛けても、無反応。見えていなかったのか、扉に頭を打ち付ける始末。
「里留……」
扉越しに声を掛けてきた。
里留は、敢えて言葉を待った。
「ごめんね、お父さんの所為で……」
リヴィアの所為ではない。父は父、子は子。里留は一切気にしていない。それよりも、シロの言葉が引っ掛かる。「お前の所為で…」、リヴィアはどんな仕打ちを受けたのだろうか?
「少なくとも、君の所為じゃない。気に病むな」
「でも…」
扉を開けて、涙を流し近づいてくる。
「このままじゃ、あの時と同じ事になる。子どもの頃、お爺ちゃんの家に逃げた時と同じに……」
不安、恐怖。滲み出る感情が『いつも』とかけ離れている。リヴィアにとって、ガゼットはトラウマそのもの。厚顔無恥な姿が隠れるほど。
「……何があったか、聞いても良いか?」
「お父さんが、人を………殺した」
何故、両親の傍に居ないのか? 何故、祖父と暮らしているのか? 露わになった答えは、深い闇を帯びていた。
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