稚沙と小野妹子の会話

第60話

今日の宴が一段落すると、稚沙ちさは一人宮の端の所まできていた。


ここは過去に彼女が仕事で失敗して、隠れて泣いていた場所である。

また厩戸皇子うまやどのみことも初めて会った所でもあった。


「ふぅー、とりあえず宴も終わって、残りの片付けは明日になって良かった。もう本当にへとへとよ!」


稚沙は明日からは、自身の仕事場に戻るよういわれている。


そして彼女はやれやれといった感じで、その場に置かれていた大きな壺の上に腰かける。

壺の上には木の板がおいてあったため、椅子の変わりになって、丁度良かった。


宴は日中に行われていたので、今は丁度夕方に差しかかっていた。季節も6月に入ってるので、それなりに気温も暖かくはなってきている。もうすぐすへれば、梅雨の時期に入るだろう。


「とりあえず、隋のお客人の人達のおもてなしも何とかなって、本当に良かった……」


彼女はそういって思わず背伸びをし、それから自身の肩を軽く揉んでみる。

今日は取り皿やお酒を運んだり、宴に参加する人達の対応にまわったりとで、割と重労働だった。


そして彼女がふと空を見上げると、雲が大きな風に吹かれ、ゆっくりと動いているのが見える。

また日が沈む前なので、夕焼けの空も徐々に姿を現し始めてきていた。


そんな光景を見ていると、人心地がつき、とてもゆったりとした気分になってくる。


稚沙はそんな風景に、自身をあずけるような感覚で、呆然と一人で眺めていた。


(こうやっていると、とても安心する……)


彼女がそんなふうに思っている時だった。

急に誰かが声をかけてきた。


「おや?誰か人がいるような気がして来てみれば……」


稚沙はその声を聞くと、慌てて振り向いた。


そこには1人の青年が、不思議そうにして彼女を見ていた。

そして彼は、今日稚沙が初めて出会った人物でもあった。


「あ、あなたは妹子いもこ殿!」


何とそこにいたのは、今日の客人達に付き添っていた、あの小野妹子おののいもこである。

そんな彼が一体どうして、こんな場所にきたのだろうか。


稚沙はそんな彼を確認すると、慌てて立ち上がり、思わず挨拶をする。


「も、申し訳ありません!今ここで、少し休憩をしていたもので……」


だが彼はそんな彼女を特に気にする風でもなく、そのまま稚沙のそばまでやってきた。


「いえ、いえ、別に構いませんよ。急にあなたに声をかけた私が悪いのですから」


彼は笑顔で稚沙にそう答えた。


「そうですか。ですが宮の女官がこんな所にいるのは、余り褒められたものではないので」


稚沙は何とも、ばつの悪い場面を彼に見られてしまったなと感じる。


すると小野妹子は、稚沙のとなりに腰を降ろして座ってくる。


「さぁ、あなたも座ったらどうですか?」


小野妹子にそういわれたため、稚沙もとりあえず彼の隣に腰をおろすことにした。


すると2人の前には、とても綺麗な夕焼けの空が見えてきはじめた。

そしてこの夕焼けが沈んでしまえば、その後はこの辺りをもすっかり夜になるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る