第32話

「中々面白い会話だったな……ところで、お前も用は済んだんだろう?」


「あぁ、ここには書物を届けに寄っただけだ」


 こうして2人は、仕方なくそのまま稚沙ちさのいる部屋を後にすることにしたのだ。



 宮内を2人で歩いていると、蝦夷えみし椋毘登くらひとに話しかけてくる。


「先日、小墾田宮おはりだのみやで俺の父が襲われかけたんだってな。それで相手の連中達はお前が倒したと?」


「あぁ、そうだ。偶然この宮で見かけた木簡に、暗殺の計画が書かれていた。

 俺は叔父上の護衛だったから、事前に知ることが出来て本当に良かったよ」


 椋毘登は蘇我馬子そがのうまこの護衛ではあるが、毎回必ず馬子に同伴している訳ではない。


「父上は、お前を単なる護衛だけにするつもりはないといっていた。

 いずれはそれなりに位を与えて、自分や息子の俺の補佐をさせたいらしい……」


 椋毘登も、馬子から初めて護衛の話を聞いた時、同じことをいわれていた。


 なのでその経験を積む上でも、時々馬子の代理等もさせてもらっていたのだ。


「俺は正直、位などにはあまり拘っていない。俺の願いは蘇我の繁栄だけだ」


(そのためにも、叔父上にはまだ現役でいてもらわないと困る。蝦夷や俺はまだまだ若いからな)


「とりあえず今回の件に関して、お前には本当に感謝している。父上を守ってくれてありがとう!」


 蝦夷はニコッと笑って椋毘登にそういった。彼は椋毘登と違ってわりと人懐っこい青年である。


(蝦夷は本当に憎めないヤツだよな。俺の存在に対し、危機感なんてものがまるでない)


 蘇我馬子の息子と甥の関係にある2人だ。本来なら互いの立場上、対立していてもおかしくはない。


 とはいってもまだまだ若い2人である。

 今は仲の良い従兄弟同士の関係の方が、お互いにしっくりとくるのだろう。


「椋毘登、お前はこれからどうするんだ?俺はもう少し宮の人間達と話をする予定だが」


「あぁ、俺もまだ頼まれている仕事が残ってるから、庁に寄るよ」


 若い2人だが、蘇我馬子はどうやらこうやって2人を育てているようだ。


「よし、分かった。もし帰りが同じぐらいになりそうなら、一緒に帰らないか?お前と一緒の方が、帰りが安全だからな」


 蝦夷は笑顔で椋毘登にそう話す。


 それぐらい椋毘登の刀の腕前は、郡を抜いているようだ。


 蝦夷とて馬子の息子なので、全く狙われない訳でもない。であれば椋毘登と一緒の方が、彼の身も守られるのだろう。


「それは別に構わない。仕事の方は夕方までには終わらせる予定だ」


 椋毘登はこう見えて頭もわりと良い。そのため、彼は実務的な仕事にも適任だった。


「あぁ、分かった。だが俺の方が少し早く終わるだろうな。なので、しばらくここら辺で時間を潰して待っていることにするよ」


「分かった。それじゃあ悪いが、そのようにしてくれ」


 こうして2人は一旦その場で別れて、のちほど落ち合うことにした。

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