不穏な動き

第10話

 その後、炊屋姫かしきやひめの誓願も無事に終わり、人々は各自解散となった。


 稚沙もその場に集った人々の帰りを見届けると、その後の片付けに取りかかる。

 だが始まる前の準備に比べれば、そこまで労力のかかるものでもない。


 そして片付けが落ちついてくると、目上の女官から少し休憩を貰えることになった。



(炊屋姫の誓願は本当に素晴らしいものだった。これからは大王を中心とした世の中になるのかしら?)


 稚沙はそんなことを考えながら、宮内を歩いていた。彼女は先程の炊屋姫の凛々しい姿に、酷く感銘を受けていた。女性といえども相手は大和の大王である。


 彼女のその品性には目を見張る物があった。


(でも、やはり蘇我そがが心配ね。炊屋姫様も、厩戸皇子うまやどのみこには十分気を付けるようにと話していたから)


 確かに蘇我馬子は何人もの大王や皇子を暗殺している。であれば厩戸皇子が狙われる可能性だって、全く無い訳ではない。


(厩戸皇子にもしものことがあったら……ううん、そんなことは絶対にさせない。あの方は今の大和になくてはならない人なのだから!)


 稚沙がそう心の中で思っていた矢先である。


 彼女のいる所から少し離れていて、どちらかというと余り人気のなそうな場所に、何やら人影が見えた。


(今日ここに来られた人?でも大半の人達はもう帰られたはずなのに)


 稚沙はその人影が少し気になり、近づいてみることにする。


 そしてその人影は、何と今日彼女が見かけた蘇我馬子そがのうまことその甥の椋毘登くらひとだった。


(どうしてあの2人がまだ小墾田宮おはりだのみやにいるの?しかもあんな人目から隠れるような所でこそこそと……)


 2人は何やら真剣そうな感じで話をしている。だがどんな話をしているのかは、稚沙が今いるこの場所からは分からない。


(これは怪しいわ。ちょっと隠れて話を聞いてみよう。それにもしかすると厩戸皇子達のお役に立てれるかもしれないし)


 稚沙の脳裏にふと厩戸皇子の顔が浮かんだ。いつも優しい皇子の助けになるなら、多少の危険はいとまない。彼女はそのように思った。


 それから稚沙は2人に気付かれないように、出来るだけ音を立てずにそっと近づいていく。



 そしてやっとのことで、2人の声がぎりぎり聞こえる所まで近づくことができた。


(よし、あの柱の後ろに隠れれば大丈夫でしょう)


 そして彼女はさらに息を潜めて、何とかその柱の後ろに回ることに成功する。



 すると彼女の元に、やっと2人の会話が聞こえてき出した。

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