第6話

炊屋姫かしきやひめ様にお仕えできて、私も本当に嬉しく思っております。だからこそ、これからも精一杯務めていきたいです!」


 稚沙ちさはとても真剣な表情でそういった。

 故郷の家族を説得し、やっとの思いで女官としてここ飛鳥の都にきたのだ。そう簡単に引き下がる訳にはいかない。


 炊屋姫と厩戸皇子うまやどのみこは、そんな必死で話す稚沙を目にして、互いに顔を合わせてクスクスと笑った。


 2人とも何だかんだで、稚沙のことは信頼している。きっと彼女なら、いつの日か立派な女官に成長することだろう。


「さて、厩戸も来たことだし。後は馬子うまこだけね。彼はもう宮にきてるのかしら?」


 炊屋姫は、どうやら大臣おおおみである蘇我馬子そがのうまこの到着を待っているようだ。


「馬子様なら、先ほど見かけました。もしかするとちょうに寄られてから、こちらに向かわれるのかもしれません」


 稚沙は先程見かけた蘇我馬子達をふと思い出す。彼らは炊屋姫のいる大殿おおとのではなく、庁に向かって歩いてるように見えた。


「まぁ、馬子ったら。時が押してるから、まずは私の元にきてもらいたかったわ。てっきり小墾田宮おはりだのみやにまだ到着してないものと思うじゃないの」


 炊屋姫少しやれやれといった感じだ。


 蘇我馬子の持つ権力はこの時代とても絶大だった。また炊屋姫の母親である堅塩媛きたしひめは馬子の姉にあたる。

 つまり彼女からすれば馬子は叔父でもあるのだ。


 そんな事を彼女が思っている矢先、何やら誰かの足音が聞こえてくる。


 3人がふとその音のする方に目をやると、何と今話に出てきていた蘇我馬子本人だった。


 彼は炊屋姫達をめがけて、そのまま真っ直ぐやってくる。そして彼の後ろには、先程稚沙が見かけたあの青年も一緒である。


「炊屋姫、遅くなってしまって済まない。少し庁に用があったものでな」


 蘇我馬子は炊屋姫の前に来ると、軽く頭を下げて挨拶をした。後ろの青年も馬子に続けて同じように頭を下げる。


「もう、まだあなたが到着してないのかと思って心配していたのよ」


 炊屋姫は少し嫌みたらしくして答える。いくら彼が叔父にあたるといっても、炊屋姫と馬子の年齢差は7歳程しか離れていない。


「いや、それは本当に申し訳ない。今日は大事な行事の日だ。少し庁によって確認したい事があったのだ」


 そうはいっても、蘇我馬子は余り悪びれた感じがしない。それが彼と炊屋姫達の今の立場を表しているようでもあった。


「ところで馬子殿、今日は身内の方も連れられていたのですね。確かあなたの甥でしたか……」


 厩戸皇子はふと馬子の後ろにいる青年に目を向ける。

 それまで口を閉ざしていた青年は、急に厩戸皇子に話を振られたため、さっと馬子の横に出てきた。


「私の甥にあたる蘇我椋毘登そがのくらひとです。今年で16歳になったので、そろそろ政にも関わる機会をと思いましてな。それで本日は同伴させた次第です」


 蘇我馬子はそういって、椋毘登と呼ばれたその青年に挨拶するよう催促する。


 すると彼は手を前で揃えてから、軽くお辞儀をし、そして彼らに話した。


「炊屋姫、厩戸皇子、本日は勝手な訪問になってしまい、申し訳ございません。私は蘇我馬子の甥で椋毘登と申します。

 今後おニ人方とは、お会いすることも多くなるかと」


 椋毘登がそう挨拶すると、それを聞いていた厩戸皇子は、そんな馬子の甥にあたる少年を、何やらとても興味深くして見る。


「椋毘登、君のことは昔何度か見た事がある。私の妃の1人である刀白古朗女とじこのいらつめは、確か君とは従姉妹同士のはずだ。

 それにしても、あんなに小さかった男の子がもうこんなに大きくなっていたとは……」

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