第58話

「ここは何となく見覚えがある。前に狩りで来た事がある場所だ。それなら確か狩りのために小さな小屋が作られていたはず」


大和の皇族は度々この辺りに狩りをしにやって来ている。なのでその時に使用する小屋がどうやらあるようだ。


「とりあえず、今日はそこで体を休ませて、明日皆のもとに戻った方が良い」


大泊瀬皇子おおはつせのおうじはふと韓媛からひめを見た。彼女も今はだいぶ容態も安定はしている。だが先程まで生死をさまよっていた状態だ。余り無理はさせない方が良いだろう。


(それにさっきはどさくさに紛れて、彼女に少し触れてしまった。特に拒みはされなかったが……)


「とりあえず、お前の体に負担はかけたくないから、俺の背中につかまれ」


そう言って彼は、彼女の前で背中を向けて座ってみせた。


「そ、そのような事……皇子に悪いです」


だが彼は譲る気はないらしく、さらに彼女に催促する。


「いいか韓媛、お前は先程死にかけていた。 そんな状態のお前を歩かせる訳にはいかない。つぶらだって今頃は娘のお前の姿が見当たらず、相当心配しているはずだ」


大泊瀬皇子にそこまで言われてしまうと、韓媛はよう言い返えす事が出来ない。

なのでここは素直に彼にしたがっておぶってもらおう。


そして皇子は彼女を背中におぶると、先程話した小屋を探して歩きだした。


「大泊瀬皇子、本当にご迷惑をおかけします……」


彼女は皇子に対して、とにかく申し訳ない気持ちでいっぱいだった。まさか彼にこんな事をさせる羽目になるとは夢にも思わなかった。


「まぁ、今はその事は気にするな。どのみち明日戻ったら、円にはかなり叱られるだろうが」


韓媛もそれは覚悟している。あの優しい父親も、今回ばかりはかなり怒っているはずだ。


そして韓媛は、彼の背中にふと持たれた。


(皇子の背中は不思議と安心する。でも少し切ない気持ちにもなるわ……)



こうしてしばらく歩いていると、皇子が先程言っていた小屋が無事見つかった。


そして幸いにも、すぐそばに栗の木が茂っていたので、これを夕食にする事にした。


小屋に着くなり、彼は急いで火を起こした。そして小屋の中に服の代わりになりそうなものがないか探した。自分は大丈夫だが、韓媛をこのままにする訳にはいかない。


すると小屋の中に、大麻で作られた布がわりと沢山おかれている。

きっと狩りの際に、ここで休む時ように置いてあったのだろう。


彼はその布を持つと、外で火の前にいる韓媛に布を渡した。


「この時期に濡れたままだと風邪を引く、俺は見ないでいるから、服を脱いでこの布にくるまれ」


それを聞いた韓媛は、思わず顔を赤くした。いくら非常時とは言え、さすがに少し抵抗を感じる。


「そんな、皇子の前で……」


大泊瀬皇子はそんな彼女を安心させるため、少し優しめな声で彼女に言った。


「韓媛、今日はこれから気温はどんどん下がっていく。このままだと本当に体を冷やしてしまう」


そう皇子に言われると、韓媛もさすがに観念し、彼の言葉に従う事にした。

それから彼には後ろを向いてもらい、急いで服を脱いで布にくるまる。もうこの際、多少見えても仕方ないと彼女は思う事にした。

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