第59話

「皇子、もうこちらを向いていただいて大丈夫です」


韓媛からひめは少し恥ずかしそうにしながら、彼にそう言った。


それから彼は振り返ったが、特に彼女の体を変にじろじろ見る事もなく、いたって普通にしている。そして彼もとりあえず上の服だけ脱ぐ事にした。


そして、そのまま先程見つけてきた栗に刃物で切り込みを入れて、焚き火の中に放り込む。


韓媛は思わず彼の方を見る。やはり彼はとても体が引き締まっていて、1人の男性に見えた。


(どうしよう、こんな皇子を目の前にしたら、彼の事が変に気になって緊張してくる……)


今は互いに服を脱いで、火の前に座っている状態だ。韓媛は改めて男女の差を痛感させられた。


大泊瀬皇子おおはつせのおうじは韓媛が余り喋らないので、少し不思議に思った。


「韓媛、どうかしたか。ひどく無口だが」


「いえ、大丈夫です。今は何となくこうしていたいだけですから」


韓媛は恥ずかしさの余り、それ以外何もよう言えなかった。


それを聞いた大泊瀬皇子は、ふと優しい笑みを彼女に向けた。


そんな彼を見て韓媛の心は急に高鳴る。普段は少し傲慢で、態度の大きい彼がこんな表情を見せるとは、正直意外だ。


「俺は今回、本当にお前が死んでしまうのではと思った」


彼はそう言って、焚き火に木の枝を増やした。すると火はさらに勢いを増す。


韓媛も思わず焚き火に目をやった。

そう言えば、今日溺れていた男の子はどうなったのだろうか。

あの後無事に妹と再会出来て、親元の所に帰れていれば良いが。


韓媛がそんな事を考えている時だった。彼女はふと大泊瀬皇子の視線を感じ、ふと顔を上げる。

すると彼は韓媛の事を真っ直ぐ見つめていた。


(こうやって見つめられると、恥ずかしくて仕方ない……)


「大泊瀬皇子、お願いですから余りじろじろ見ないで下さい」


彼女は今布にくるまってはいるが、服を脱いでいる状態である。そんな状況下なので、余計に気恥ずかしかった。



「韓媛……お前は本当に綺麗になったな」


(え!綺麗?)


韓媛は余りに意外な事を言われてしまい、どう答えたら良いのか分からず、思わず言葉を失なった。


だが彼はそれでも真っ直ぐ彼女を見つめている。一応彼は焚き火の反対側にいるので、側に近付いてくる事はない。


「お、大泊瀬皇子。いきなり何を言ってるのですか!」


韓媛は心臓がどくどくなりすぎて、もうおかしくなりそうだ。


(本当に今日の彼は一体どしたの……)


「大泊瀬皇子、そう言う事は軽々しく言うものではないです。それに皇子には心に決めてる人がいるのでしょう?」


今回の草香幡梭姫くさかのはたびひめの婚姻はあくまで建前上のもので、それとは別に大事な女性がいると彼は前回言っていた。


大泊瀬皇子はそれを聞いて、いきなりクスクスと笑いだした。


(一体どうして、笑い出すの?)

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