第38話

「先程宮の人達が、軽大娘皇女かるのおおいらつめの姿が見えないと言ってました。なので木梨軽皇子きなしのかるのおうじの元に向かわれたのだろうと……」


それを聞いた軽大娘皇女は、このままでは宮の使用人達に気付かれてしまうと思った。


「えぇ、その通りよ。ある信用のおける者に頼んで、木梨軽皇子の側まで連れていってもらう手筈なの。お願いよ、韓媛からひめ。ここは見逃してちょうだい……」


軽大娘皇女は必死で韓媛にお願いした。彼女の目には少し涙を含ませていた。


(軽大娘皇女が木梨軽皇子の元に行っても、心中を止めるには……)


韓媛はそんな彼女を見て思った。

剣で2人の災いは断ち切っている。であれば、未来はこれからきっと変わっていくのだろう。

それなら、あとはもう2人を信じるしかない。


「分かりました。では軽大娘皇女に1つお願いがあります。この先、例えどんな事があったとしても、木梨軽皇子と2人で必ず生き延びて下さい」


「か、韓媛?」


軽大娘皇女は、韓媛にいきなりそんな事を言われてとても驚く。


そんな軽大娘皇女を気にする事なく、韓媛は続けて言った。


「諦めさえしなければ、悪い運命もきっと乗り越えられるはずです。あなたのご両親や兄弟方のためにも……」


軽大娘皇女は、韓媛にそこまで言われて、突然泣き出してしまった。


そして泣きながら「分かった。あなたの言う通りにするわ」と答えた。


そして余り長くここにいては、宮の人達に見つかってしまうかもしれない。

そのため、軽大娘皇女は急いで待ち合わせの場所へ向かう事にした。


そして最後に韓媛に対し「韓媛、本当にありがとう。大和を出る前にあなたに会えて良かったわ」とだけ言ってから、待ち合わせ場所に向かっていった。


韓媛は、そんな軽大娘皇女をしばらくの間見送っていた。


(本当にこれで上手くいくと良いわね……)


だが彼女は不思議と、あの2人がもう死ぬことはないと、何故だか確信が持てるような気がした。もしかするとそれは、この剣のお陰なのかもしれない。



こうして韓媛は、急いで遠飛鳥宮とおつあすかのみやに戻る事にした。


彼女が宮に戻って来ると、軽大娘皇女がいない事に、宮の人達も気付き出していた。

彼女の母親の忍坂姫おしさかのひめはとても心配しており、大泊瀬皇子おおはつせのおうじや他の兄弟達も、近くを探すべきではないか等と話していた。

だがもうすぐ日が暮れるため、馬も使えず、明日探す事にしたようだ。


(やはり大変な事になってるわ。でも明日なら軽大娘皇女も遠くに行ってるはず。きっと大丈夫よね)


そんなふうに韓媛が思っていると、大泊瀬皇子が彼女の元にやって来た。


「韓媛すまない、かるの姉上がいなくなってしまった。なので明日は姉上の捜索をする事になる。そのため、お前を送り届けるのが少し遅れてしまう……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る