第37話

韓媛からひめは、遠飛鳥宮とおつあすかのみやで用意された部屋に来ていた。

軽大娘皇女かるのおおいらつめがここにいる限り、木梨軽皇子きなしのかるのおうじとの心中は無いだろう。だがそれも、いつ起こるのかは全く分からない。


(あの光景の2人は、恐らく今ぐらいの年齢のような気がする。となると、割りと近々に起こる事なのかしら?)


それから彼女は、腰帯びの中に隠してあった剣を取り出した。


(では、もう1回この剣に祈ってみましょう)


それから韓媛は剣を握りしめると、再度祈ってみる事にした。


「お願い、今度こそこの災いを断ち切って」


すると剣が少しづつ熱くなってきて、また不思議な光景が見えてきた。


すると今度は軽大娘皇女だけが見えた。


この遠飛鳥宮を出てすぐくらいの所を、彼女は1人、どうやら早歩きで歩いているようだった。

また光景の中では、今と同じぐらいの夕方にさしかかっている頃のようだ。


(軽大娘皇女はやはりここを抜け出して、木梨軽皇子の元に会いに行こうとしてるのね)


韓媛がその光景を見ていると、軽大娘皇女の周りからまた薄暗い糸のような物がまとわりついて見えた。

そしてその1本が彼方遠くへと伸びている。


(もしかしてあの糸が、木梨軽皇子と繋がっているの?と言う事は、あの糸を切れば、2人の災いは断ち切れるかもしれない……)


韓媛はそう思うと、今度こそこの災いを断ち切る思いで、再び剣を振った。


すると『パチン!』と音がするような感じがした。


(やった、糸が切れたわ!)


そこでその光景は消えていき、韓媛が目を開けると、先程の部屋の中だった。


「どうやら、上手く行ったかもしれないわね」


前回はこの剣を使った後は、父親の元に行こうとして、韓媛能吐と鉢合わせをしていた。そのため今回も、軽大娘皇女の元に再度行ってみてた方が良いかもしれない。


それから韓媛が部屋を出て、軽大娘皇女の元に向かって歩いていると、ふと宮の使用人達の話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、軽大娘皇女を見かけなかった?」


「さぁ、知らないわ。先程は、葛城の韓媛様とお話しされていたと聞いたけど」


使用人達はその場で、そんな内容の会話をしていた。


(軽大娘皇女がいない?そう言えばさっき見た光景は、今と同じぐらいの時間帯に見えた……ま、まさか)


韓媛は何やら嫌な予感がしてきた。

もしかすると、軽大娘皇女はもうこの宮を出て、木梨軽皇子の元に向かってるかもしれない。


韓媛は慌てて、軽大娘皇女を追いかける事にした。


(さっき見た光景はこの宮の近くのようだから、急けばまだ間に合うかもしれない)


韓媛が宮の人達に見つからないよう、遠飛鳥宮をそっと抜け出し、軽大娘皇女がいるであろう方向に向かって走り出した。



それからしばらくして、思いの外早く軽大娘皇女を見つける事が出来た。


「軽大娘皇女、待って下さい!!」


韓媛は必死で軽大娘皇女を呼び止めた。


軽大娘皇女は、何故彼女が自分を見つけて走って来るのか不思議でならない。


そして韓媛は、軽大娘皇女の側までくると、ガッチリと彼女の腕をつかんだ。

そして「はぁーはぁー」と息を吐きながら彼女に言った。


「軽大娘皇女、木梨軽皇子の元に行くつもりですよね?」


軽大娘皇女はそう言われて、どうしてその事を知られてしまったのかと、とても驚いた表情をした。


「韓媛、どうしてあなたがその事を知ってるの?」


(やはり、あの剣の見せた光景はこの部分だったのね……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る