第33話

「しかし、葛城円かつらぎのつぶらがこうもあっさり、お前を宮に行かせる事を許すとわな……」


大泊瀬皇子おおはつせのおうじは、馬を走らせながら韓媛からひめにそう言った。

彼の脳裏に先程の葛城円の顔が浮かぶ。あれはかなり自分の娘の事を心配している感じだった。


「え、皇子。何故そう思われるのですか?」


韓媛はどうして彼がそんな事を思うのか、少し疑問に思った。


彼女は元々、それなりにしっかりはしている。だが自身の危機的な事に関しては、余り分かっていないのだろう。


「あのな韓媛。自分の娘がこんな他の男と一緒に出かけるとなると、普通の親なら当然心配する」


そんな彼の言葉を聞いて、韓媛は思わず「ハッ」とした。そしてやっと彼女は事の重大さに気が付いた。


(それで昨日、お父様は少し悲しそうな表情をしていたのね)


とは言っても、木梨軽皇子きなしのかるのおうじ軽大娘皇女かるのおおいらつめを助けるためには他に方法がない。なので彼女は、次回からは気を付ける事にした。


「大泊瀬皇子、本当にすみません。私もうっかりしてました」


韓媛はひとまず素直に謝る事にした。

まさか彼からこんな注意を受けるとは、夢にも思わなかった。


「こんな事、お前に言いたくはないが、俺だって1人の男だ。その事をしっかりと理解しろ」


大泊瀬皇子は、そう言って少しため息をついた。


今の2人は馬に乗っているので距離がとても近い。そのため、皇子が少しため息をするだけで、彼の息を直に感じる。


それに2人の体は、今とても密着している状態だ。すると彼の固くてたくましい体が、背中越しに嫌でも伝わってくる。


(どうして今まで、その事に気が付かなかったのかしら。皇子はもうすっかり1人の男性だわ)


韓媛はそう思うと、少し恥ずかしくなってきた。


急に無口になった韓媛を見て、大泊瀬皇子は心配になり、彼女を安心させるために言った。


「とりあえず、俺はお前を無理やりどうこうしようとは思ってないから、安心しろ。それに葛城円にも、責任をもってお前を送り届けると言っている」


(それはつまり、皇子から見れば私はそう言う対象ではないって事なのね)


「はい、分かりました」


韓媛はそう思うと、何故か少しだけチクリと、胸の痛みを感じた。


それから大泊瀬皇子は尚もを馬を走らせた。だがその間も、韓媛は余り言葉を発する事はしなかった。


そんな彼女を見て、大泊瀬皇子は先程の自分の発言を聞いて、本人がそれなりに反省したのだろうと理解する。


だが今は、このまま大人しくしてもらう方が助かると思い、そこには特に触れない事にした。


それからしばらくして、ようやく2人は遠飛鳥宮とおつあすかのみやに辿りついた。

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