第32話

そして翌日の朝になった。


韓媛からひめは準備を終えて、大泊瀬皇子おおはつせのおうじが乗ってきた馬で一緒に、彼の住んでいる遠飛鳥宮とおつあすかのみやに向かう事にした。


韓媛も一応馬には乗れる。それは彼女の父親のつぶらが、娘にもしもの事が会った時に、馬に乗れたら直ぐに逃げられると思ったからだ。


「では、お父様。行って参ります」


韓媛は馬に乗ったまま、見送りに来ていた父親にそう言った。


父親の彼からしたら、大事な娘が他の男と一緒に馬に乗って出かけるなんて、心配以外の何ものでもなかった。もし彼女の母親がまだ生きていたら、かなり激怒していた事だろう。


韓媛はそんな円の不安など、全く理解出来ていなかった。


だが、彼女の後ろにいる大泊瀬皇子だけは、そんな円の心配がひしひしと伝わって来ていた。


(大事な1人娘を、今こうやって連れていこうとしている。円も、さすがにこれは心配するだろう)


「じゃあ、韓媛を少し借りる。昨日も言ったが、彼女は責任を持ってここに送り届けるから、安心しろ」


それは娘が、何事もなく無事に帰ってきた時の場合だけだと、葛城円かつらぎのつぶらは心の中で思った。


「はい、大泊瀬皇子。娘のことをくれぐれも宜しくお願いします」


葛城円は皇子にそう言った。


それから大泊瀬皇子は、馬を走らせて自身の宮へと向かっていった。


そんな2人を、葛城円は姿が見えなくなるまで見送った。


(まぁ、大泊瀬皇子があの約束を守ってくれるのなら、大丈夫だとは思うが)

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