第31話

「では、つぶら。俺はこれで失礼する」


そう言って、大泊瀬皇子おおはつせのおうじが彼の部屋の外に出た丁度その時だった。


部屋の外では、何と韓媛からひめが待ち構えていた。


「韓媛、お前どうした。円に何か急用か」


そんな彼女を見て、大泊瀬皇子は少し不思議そうにした。


韓媛は、大泊瀬皇子が父親の部屋から出て来たのを確認すると、思わず彼に歩み寄った。


「大泊瀬皇子、ごめんなさい! 私皇子にお願いがあって、ここで待っていたの」


韓媛はひどく必死そうにしながら、大泊瀬皇子の腕にしがみついた。


これには、皇子の後ろにいた葛城円かつらぎのつぶらも流石に驚く。


大泊瀬皇子は、いきなり自分の目の先に韓媛の顔がやってきて、ひどく動揺した。

彼女の父親が後ろにいなければ、危うく何か行動を起こしていたかもしれない。


「韓媛、一体どうしたんだ?」


大泊瀬皇子は、高ぶる気持ちをおさえて、彼女に聞いた。


「私を軽大娘皇女かるのおおいらつめに会わせてほしいの。どうしても、彼女をお救いしたくて」


それを聞いて大泊瀬皇子と葛城円は思った。軽大娘皇女は、木梨軽皇子きなしのかるのおうじとの件で今とても悲しんでいる。

それで韓媛は、そんな彼女を励ましたいと思ったのだろう。


「まぁ、それは出来なくはないが……かるの姉上も、話し相手になる人間がいれば、多少は元気になるやもしれない」


大泊瀬皇子は、ふと葛城円の方を見た。


彼も相変わらず驚いたままだが、娘にここまでお願いされてしまうと、流石に駄目ともよう言えない。


「まぁ、大泊瀬皇子が構わないのであれば、私は特に反対はしません。娘もそれ程までに、軽大娘皇女を心配しているようなので」


(やったわ。これで軽大娘皇女をお救いできるかもしれない)


「大泊瀬皇子、お父様。本当にありがとうございます」


韓媛は、何とか軽大娘皇女に会えそうなので、とりあえず安心した。


「では今日はここに泊まって、明日韓媛を遠飛鳥宮に連れて行っても良いだろうか?

今回の場合だと、早めに姉上に合わせた方が良さそうだ。それに韓媛を、またここまで迎えに行く手間も省ける」


韓媛としては、1日でも早く軽大娘皇女の元に行きたいので、その提案は大賛成だった。


「私も早く軽大娘皇女に会いたいので、そうして下さると嬉しいです。お父様良いでしょうか……」


韓媛はとてもすがるような目で、父親の円を見た。


葛城円もこんなふうに娘にお願いされると、中々反対しずらい。それに先程、遠飛鳥宮に行く事を了承したばかりだ。


「分かりました、ではそうしましょう。大泊瀬皇子の負担を考えてみても、それが良いでしょうから」


「円本当に済まない。韓媛はちゃんと責任をもって、ここまで送り届けるようにする」


大泊瀬皇子は彼にそう言った。

それに心なしか、皇子が少し嬉しそうにしている感じもする。


だが逆に、葛城円は少し悲しそうな目をしていた。


韓媛はそんな彼らを見て、どうして2人の表情がこんなに違うのか不思議に思った。

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