第13話

大泊瀬皇子おおはつせのおうじ、今日は葛城に来られてたのですね……」


本来であれば、ここで皇子にきちんと挨拶をしたい所だ。だが今の韓媛からひめは、父親の事で頭がいっぱいいっぱいの状態である。


大泊瀬皇子も、そんな韓媛の様子に少し疑問を感じる。彼女がこんなに焦って走っていたところを見ると、余程の事があったのだろうか。


「どうした韓媛、ひどく落ち着かないように見えるが」


大泊瀬皇子は、今日ここにまだ来たばかりで、恐らく円が倒れた事をまだ知らないみたいだ。

彼女は取り乱す気持ちを必死で抑えて、彼に今の状況を説明する事にした。


「父の部屋に行ったら、その場で父が倒れてました。そして酷く苦しそうで、熱もかなり出ている状態です。朝方は元気だったので、本当に突然の事で……」


それを聞いた大泊瀬皇子はとても驚いた。昔から父親好きの彼女だ、その大事な父親が倒れたとなると、ここまで動揺するのも理解出来る。


それから彼は少し表情を険しくさせて、彼女に言った。


「なる程、それでお前がここまで慌てていたのか。それでつぶらの容体はどうなんだ」


大泊瀬皇子はとりあえず、今の円の現状を確認する事にした。


「はい、今病気に詳しい者が見ています。ですが原因はどうも分からないとの事」


(急に容態が悪くなったとなると、何か体に害のある物でも食べたのか)


大泊瀬皇子は、どうしたものかと考えた。


今はここで悩んでいてもどうしようもない。であれば、ひとまず自分も円の元に行って、直接彼の状態を見た方が良さそうだ。


「そう言う事か。では俺も一度円を見に行ってみる」


大泊瀬皇子がそう韓媛に言った。


すると韓媛は緊張の糸が切れたのか、こみ上げてくる思いを抑えきれずに、その場でぼろぼろと泣き出した。


「お、お父様にもしもの事があったら、私は……」


普段はとても聡明な彼女だが、大事な父親の事となると、かなり心を取り乱していた。


そんな韓媛を見て、大泊瀬皇子は思わず彼女を優しく抱きしめた。


「韓媛、落ち着け。お前の父親はこんな事で死んだりはしない」


彼はそう言ってから、彼女の頭を軽く撫でてやった。


皇子に優しくそう言われて、韓媛は暫く彼の胸の中で泣いていた。

こうやって抱きしめられていると、彼の胸の鼓動が微かに聞こえて来る。

そして彼の言葉とこの温もりの中で、彼女は不思議と心が安らぐ感じがした。


それから韓媛が落ち着くのを待ってから、2人は水を持って円の元に向かった。


その後暫くして、円は安静にしていたため、だいぶ容体も落ち着いてきたようだ。そんな彼を見て、韓媛もひとまず安心した。


一方大泊瀬皇子は、元々今日は円と話しをするために来ていた。だが今の彼の容態では、話しもよう出来ない。


またこの騒動が落ち着いた頃には、日が暮れ出したので、彼もこの日は葛城に泊まる事にした。

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