第63話

「とりあえず、千佐名ちさなの事を心から大切に思ってくれる男性が現れる事を祈るしかないですね」


「まぁ、そうだね。だがそんな相手がいきなり都合良く現れるとも、思えないけどね」


忍坂姫おしさかのひめは何か良い方法はないかと、ふとその場で考えてみた。


「例えば私がその村の男性に、彼女に好意を持ってる若者がいないか、片っ端から聞いて回ってみるとか?」


それを聞いた雄朝津間皇子おあさづまのおうじは、何て事を言うんだと少し呆れてしまった。


「忍坂姫、村にどんな男がいるか分からないのに、そんな危ない事を君にさせる訳にはいかないだろう。君はもっと警戒心を持った方が良い。もし村の男どもに襲われでもしたらどうするんだ」


雄朝津間皇子は、少しきつめの言葉で彼女に言った。


「雄朝津間皇子、本当にごめんなさい。私ついつい軽々しい事を口にしてしまって……」


忍坂姫は雄朝津間皇子にそう注意されて、思わずシュンとしてしまった。


「でもその千佐名って子の事、何故か私気になって。多分、本心では彼女も幸せになりたいと願ってるように思います。

なので、どうか彼女にも幸せになって貰いたいです」


忍坂姫はふとそんな事を思ってしまった。

彼女とは実際に会った事はないが、少し気になってしまう。

彼女も辛い恋をしているのだろうから。


そんな彼女の話しを聞いた雄朝津間皇子は、彼女は何故こんなにも、他の娘の事を心配出来るのだろうかと思った。思えば七支刀の時もそうだった。


(まぁ、そこが彼女の良い所なのかもしれないな……)


雄朝津間皇子は忍坂姫の事を見て、そんなふうに思った。


「とりあえずこの件に関しては、ここでどうこう言ってても仕方ない。

ところで、忍坂姫。朝の食事がまだだろう。俺も食べてないから一緒に食べないか」


雄朝津間皇子にそう言われ、まだ食事をしていなかった事に彼女は気が付いた。


そして彼女は少し照れながら「はい」と皇子に返事をした。

そんな彼女が少し可愛らしく見えた。


伊代乃いよのの話しだと、市辺皇子いちのへのおうじは昨日寝るのが遅くなった為、まだ起きて来てないとの事だった。


そこで彼女にお願いして、彼女の部屋に2人分の食事を持ってきてもらうようお願いした。


伊代乃も「はい、分かりました」と言って、快く引き受けてくれた。


それから暫くして、部屋に2人分の朝の食事が運ばれてきた。


そして食事を始めてから雄朝津間皇子は思った。

彼女がこの宮に来て、2人だけで食事をしたのは、これが初めての事であったと。


(今日は、何か彼女を独占している気分だな。食事の時はいつも市辺いちのへが一緒だったから)


そう思うと、雄朝津間皇子は何だかとても嬉しく思えてきた。


こうして2人は、始めて2人だけで朝の食事をとる事となった。

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