第62話

雄朝津間皇子おあさづまのおうじがそんなふうに気にかけて下さっていたなんて、本当に知りませんでした。凄く嬉しいです」


忍坂姫おしさかのひめは満面の笑顔で彼にそう言った。


忍坂姫としては、この件は本当に可笑しくて仕方がなかった。

だが彼がそんなふうに考えてくれるようになった事を知って、彼女はとても嬉しく思った。

しかも今回は自分の為に、わざわざこんな朝早くから会いに来てくれたのだから。


雄朝津間皇子も、忍坂姫からそんなふうに言われて少し照れ臭そうにはしていたが、内心はとても喜んでいるようだった。


「でも、その千佐名ちさなと言う娘、本当に大丈夫なんですか?

皇子が暫く来られなかっただけで、寝込んでしまったんですよね」


「まぁ、そうなんだよね。これは前々から本人や彼女の父親には言っているんだが。

大和の皇子である俺が、彼女を妃にするのは中々難しい。

だから彼女の幸せを考えるなら、他のもっと彼女を幸せに出来る男性を見つけた方が良いと俺は思っている」


雄朝津間皇子曰く、皇子自身も彼女の幸せを考えているとの事。

それで彼は、もう自分の事は忘れて他の男性を見つけた方が良いのではと説得もしたそうだ。

だがそれでも、千佐名は自分の側にいたいと言い、それだけで自分は十分幸せだとの事だった。


そして結局は、ずるずるとそのままの関係が続いているのだそうだ。


(その娘は、完全に雄朝津間皇子しか見えなくなってるのね)


忍坂姫は千佐名の事をそう思った。


「今まで俺に近付いてきた娘は、欲が強くて俺の皇子としての身分につられてくるか、割り切った関係で構わないと言う娘が大半だった。だがそんな中、千佐名だけが俺を純粋に好いてくれてたんだよね」


だからこそ、雄朝津間皇子は千佐名だけは少し特別扱いをしていたのだろう。

彼が前に言っていたように、おしとやかでとても柔順な娘なんであろう。


「ただその千佐名って娘は、本当に不敏でならないですね。

本当に世の中の男性が皆、今の大王みたいな人だったら、世の全ての女性が幸せになれるんでしょうけどね」


「まぁ、確かにそうだけど……てか、何でそこで大王が出てくるんだよ」


雄朝津間皇子はちょっと不満そうにして彼女に言った。


「別に良いじゃないですか。ちょっと例えで言っただけなんですから」


(今まで大王の話しをしても全く動じる事はなかったのに、どうしたのかしら?)


また千佐名自身も、彼女を本当に大切に思う男性が現れて、また千佐名もその男性の事を好きになれたら良いのにと忍坂姫は思った。

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