第61話

それを聞いた伊代乃いよのは「分かりました」と言って彼女の部屋を後にした。


そしてそれから暫くして、誰かがやって来る気配がした。恐らく雄朝津間皇子おあさづまのおうじであろう。


忍坂姫おしさかのひめ。俺だけど、入っても大丈夫か」


忍坂姫も皇子がやって来たので、「はい、良いですよ」と言って中へ招き入れた。


雄朝津間皇子は部屋の中に入って来てから、彼女の前に座った。見た感じは何か思いつめているようには見えなかった。


「雄朝津間皇子、一体こんな朝からどうしたんですか?」


忍坂姫はそう彼に聞いた。

恐らく昨日聞いた娘の件の事であろう。


「あぁ、昨日は本当に急な事で済まなかった。とりあえず昨日行ってみた所、そこまで体調が悪い感じでもなかったよ。

その娘の父親の話しでは、最近俺が会いに行っていなかったのが原因と言っていた。それで本人が塞ぎ込んでしまい、そのまま体調を崩したみたいだった」


その話しを聞いて、その千佐名ちさなと言う娘の体は、とりあえずは大丈夫そうだ。


だとすると、こんな朝早くから自分に会いに来るのは一体何なのだろうと、彼女は不思議に思った。


「まぁ、それは何よりでしたね。ところで雄朝津間皇子、何故こんな朝早くから来られたんですか?」


それを聞いた雄朝津間皇子は、思わず「え?」と言って、少し驚いたような顔をしていた。


「いや、昨日急にあんなふうに宮を飛び出して行ったから、早く昨日の事を君に説明しておいた方が良いかなと思って」


それを聞いた忍坂姫はとても驚いた。つまり自分の事を気にして早く会いに来てくれたのだ。


(まさか、雄朝津間皇子が私の為に……)


すると忍坂姫は、その場でクスクスと笑い出した。

まさか雄朝津間皇子がそんな事を気にしていたなんて。


「まさか雄朝津間皇子が、その為にこんな朝早くから、自分に会いに来るとは思ってもみませんでした」


雄朝津間皇子は、忍坂姫が突然クスクスと笑い出したので分が悪くなってしまい、少しムスっとした。

さらに少し顔も赤くしていた。


「最近の君の発言を聞く限り、不誠実な男はどうも好きそうじゃなかったし。俺の事もずっとそんなふうに思われるのも、何か余り良い気分がしないしさ……」


(へえ!?)


忍坂姫はそんな彼の発言を聞いてかなり驚いた。一体どういう心境の変化だろうか。

自分が最初この宮に来た日なんて、他の娘の元に行っていたと言うのに。


確かに最近、彼を他の男性と比べて色々嫌みを言っていたが、まさかそれを本人が気にしていたのだろうか。

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