第52話

その後も桜見物が続いている時だった。瑞歯別大王みずはわけのおおきみがある事を閃いた。


忍坂姫おしさかのひめ。君の父上から聞いたんだが、君は何でも舞が得意だそうだな。なので、今この場で少し見せて貰えないだろうか」


(え、この場で舞を?)


忍坂姫は急な瑞歯別大王からの要望に驚いた。確かに舞はできるが、今日はそんな事は考えもしていなかった。


(確かに、桜の咲いてるこの時期に舞を舞ってみたいとは思っていたけれど……)


「え、忍坂姫。君舞なんて出来るのか?」


雄朝津間皇子おあさづまのおうじもこの話しは初耳だったようで、少し意外に思えた。

彼の中では、未だに忍坂姫はお転婆娘の扱いであった。そんな彼女が舞を舞うなんて思っても見なかった。


(雄朝津間皇子、その顔は私が舞なんて全く出来ないと思っていた顔ね)


「へぇ~忍坂姫、舞が出来るんだ。僕も忍坂姫の舞を見てみたい」


市辺皇子いちのへのおうじは相変わらずとても可愛らしい表情でそう言った。


忍坂姫はどうしようかと一瞬考えた。

今日の桜見物は瑞歯別大王が企画された事で、舞はそんな大王の要望だ。

ここは感謝の気持ちも込めて舞をさせて頂こう。彼女はそう思う事にした。


「分かりました、瑞歯別大王。ではお言葉に甘えて、ここで舞をやらせて頂きます。少し準備しますので、少々お待ち頂けますでしょうか」


「あぁ、分かった。急なお願いで済まないな」


瑞歯別大王はそう彼女に答えた。






こうして暫くして忍坂姫は舞の準備が整った。

舞自体は音が無くても舞えるが、今日は人が見ている為、楽器の代わりに自身の歌声で音を出す事にした。


忍坂姫は皆の前に出ていった。


(大丈夫よ。この桜が咲く中で、春の訪れを想って舞わらせて頂こう)


そして深呼吸をして、自身の気持ちを落ち着かせた。


そして忍坂姫を漂う空気が変わった丁度その時だった。

彼女は「すぅー」と自身の声を発した。

その声は本当に透き通っていて、とても繊細な音を奏だした。


そして彼女の足が動き出した。

繊細な歌声と共に、自身の軽やかな動きに合わせて舞が始まった。




春の訪れを、今心から恋願う。



いにしえの時を巡りて、再び舞い戻る。



春の女神よ、人々に喜びを分け与えて。



永遠の花の種が、命を繋ぎ、そして実りを宿す。



神を恋し、人々の安らぎを、それが春の風となって。




忍坂姫は舞を踊りながら、心の中で春の神への想いを歌った。


そんな彼女の舞は見る人皆を魅了した。




「ほぉーこれは中々だな……」


瑞歯別大王は彼女の舞を見てそう思った。


そして、彼は彼女の舞を見ながら横にいる雄朝津間皇子に言った。


「舞とは、舞う者の内面性がそのまま表れると聞く。これだけ繊細な舞が踊れると言う事は、それだけ彼女の心が繊細で、とても澄みきっているのだろう。

そして彼女は、春の訪れを想いながら舞っている」



だがそんな大王の話しなど、皇子には全く入ってきていなかった。

彼は、彼女から目を離す事が出来なくなっていた。


「なんて美しいんだ、本当に春を彩る花の女神が降り立ったようだ」


雄朝津間皇子は、完全に忍坂姫の舞に心を奪われてしまっていた。

舞を舞う彼女は、他のどの女性よりも美しいと感じた。



「これは、コノハナサクヤヒメ……」





こうして、暫くして忍坂姫の舞は終わりを告げた。

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