忍坂姫の舞

第51話

「では、稚田彦わかたひこも来た事だ。気持ちを切り替えよう。忍坂姫おしさかのひめも大丈夫そうか」


瑞歯別大王みずはわけのおおきみが忍坂姫に声をかけた。


「はい、大王私は大丈夫です」


そう言って再び、桜見物は再開された。



「忍坂姫、この果物美味しいよ。食べてみて」


市辺皇子いちのへのおうじはそう彼女に言った。


忍坂姫も先程まで泣いていたが、だいぶ落ち着いたようで、桜を堪能していた。


「しかし、まさかこんな所で稚田彦の兄の話しを聞く事になるとは、思ってもみなかったよ」


忍坂姫の隣で雄朝津間皇子おあさづまのおうじがボソッと言った。彼からしても先程の話しはかなり衝撃的だったようだ。


それを聞いた忍坂姫は、ちょっと意地悪くして彼に言った。


「まぁ、雄朝津間皇子からしてみれば、一生縁のない話しでしょうね」


そう言って、忍坂姫はクスクス笑いだした。

皇子自身が命を掛けてでも想いを遂げようなんて、そんなの奇跡ですら起こらないだろう。


「そ、そんなの、この先絶対無いとは言いきれないだろう」


雄朝津間皇子は、ちょっとムスッとして言った。

彼も先程の話しを聞いて何か考えさせられたのだろうか。



「なぁ、忍坂姫。さっき話していた稚田彦の兄がもし生きていたら、君はどうしていた」


それを聞いた忍坂姫はふと思った。

さっきこの話しを聞いている時、彼は酷く無言だったが、もしかしたらそんな事を頭の中で考えていたのかもしれない。


「そうですね。それは実際にそうなってみないと分からないです。実際に彼に会った時は恋愛感情なんてありませんでしたし。それと、あとはお父様達がどう言うかですね」


皇女の自分が、身分の低い男の元に嫁ぎたいなんて言ったら、あの父親はなんて言うのだろうか。ただ根は優しい父親である。娘から熱心にお願いされれば、もしかしたら許してくれるかもしれない。


「なる程。確かにそうかもしれないな」


そう言って雄朝津間皇子はお酒をクイッと飲んだ。今日の彼はちょっとお酒を飲むペースが早いように思える。


「あ、それと。今日は大王の妃は来られてないんですね?」


忍坂姫は内心、大王の妃にも今日会えるかもと期待していた。

あの大王が一途に想っている相手だ、一体どんな女性なのかと興味があった。


「あぁ、何でも、娘の阿佐津姫あさつひめの具合が悪いんだそうだ」


大王の話では、元々は娘の阿佐津姫も引き連れて今日は3人で来る予定だったそうだ。だが前日に阿佐津姫が具合を悪くして、結局妃は宮に残る事にしたそうだ。


「まぁ、それは大丈夫なんでしょうか」


忍坂姫は心配して言った。

子供の体調不良は、油断すると危なくなる事もある。


「大王もそこまで心配するような事じゃないと言ってたし、まぁ大丈夫だろう」


(そんなものなのかしら?)



そんな話しをしていると、雄朝津間皇子がふとある事に気が付いた。


「昨日俺があげた腕飾り、今日付けてくれてるんだね」


雄朝津間皇子は思わず彼女の手を握って、少し持ち上げた。

すると昨日あげた腕飾りに太陽の光が入り、綺麗な色で輝いていた。


「はい、折角皇子に頂いたので、早速付けてみました」


忍坂姫は皇子ににっこり笑って言った。

彼女自身、この腕飾りはかなり気に入っていた。しかも雄朝津間皇子からの贈り物だ。嬉しくない訳がない。


「そうか、それは良かった」


雄朝津間皇子も嬉しそうにしながらそう言って、彼女の手をそっと地面におろした。



そんな彼らの光景を、瑞歯別大王がふと見ていた。


(ふーん、何だかんだで少しは進展してるみたいだな)



瑞歯別大王としては、出来ればこの2人には上手くいってもらいたいと思っている。

今回の桜見物も、2人のその後を見てみようと思って計画した事でもあった。

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