第50話

稚田彦わかたひこは少し涙をにじませていた。きっと兄の事を色々思い出しながら、話しているのだろう。


「聞けばその姫は皇女との事で、兄ではあまりにも身分が合わなかった。

兄はどうやら、その小さな姫に恋い焦がれてしまったようです。

兄からしたら一回りも年の離れた姫でしたが、それでもその幼い姫を愛しく思ったみたいです」


(え、挂波弥かはやが私の事を?)


忍坂姫おしさかのひめはそれを聞いて、思わず動揺した。


「それで兄はいつかその姫を妻にもらう事を夢見て、頑張る事を決めました。

身分の差はあっても、それなりの実力や実績を認めてもらえたら、姫を貰い受ける事が出来るかもしれないと考えたみたいです。

兄はそれから日々がむしゃらに働くようになりました。

ですが、それが原因で体に無理がたたり、結局そのまま命を落とす事になりました」


忍坂姫はその話しを聞いて、思わず涙が出てきた。

そこまで一途に自分を想い、そんな自分を妻にしたいと思ってくれた人がいたとは。


「稚田彦、本当にごめんなさい。私のせいであなたのお兄様が……」


そんな忍坂姫を見て、稚田彦は彼女に言った。


「忍坂姫、あなたが悪い訳ではありません。兄はちょっと不器用な人だったんです。でも最後まで兄はずっとあなたの事を想っていました。どうかその事だけでも覚えておいて貰えませんでしょうか」


稚田彦にそう言われて、忍坂姫はコクコクと頷いた。


(そんな一途な人がいたなんて、本当に知らなかった)


そんな忍坂姫の横で、雄朝津間皇子おあさづまのおうじは無言でその話しを聞いていた。

何か酷く考え込んでいるようだった。


「忍坂姫、大丈夫?」


市辺皇子いちのへのおうじは急に忍坂姫が泣き出したので、彼なりに彼女を慰めようとしているようだった。


「しかし、稚田彦の兄にそんな事があったとわな。その事がこう言う形でも忍坂姫に伝わって、これはこれで良かったのかもしれないな」


瑞歯別大王みずはわけのおおきみはふとそう思った。

彼も、まさかこんな話しを聞く事になるとは思ってもみなかった。


「本当にそうだと思います。きっとあの世にいる兄も本望でしょう」


稚田彦も大王に同調した。

今日はこの話しをする為に、自分はここに来たのかもしれないと彼は思った。

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