第49話

「うーん、息長の姫……」


稚田彦わかたひこもふと考え込んでいた。そしてある事を思い出した。


「実は私には既に亡くなってはいますが、元々1人兄がおりました。兄の名は挂波弥かはやと言います。

その兄が昔息長に行っていた事があります。」


「挂波弥……あ、そうよ、挂波弥だわ。思い出した!」


忍坂姫おしさかのひめは稚田彦の発言でやっと思い出す事が出来た。


「忍坂姫?一体どういう事だ」


雄朝津間皇子おあさづまのおうじが彼女に言った。

稚田彦の兄と忍坂姫が過去に会っていたとは本当に驚きである。


「あれは私が確か10歳ぐらいの時だったかしら。ある日、家の近くで1人の男性が倒れているのを見つけたの。

その男性は酷く高熱で、それから急いで使用人を呼んで、家に運んでから看病をしたわ」


忍坂姫は、稚田彦や他の皆が聞いている中、続けて話しをした。


「私とてもその男性が心配だったから、付きっきりで看病したわ。それから数日してやっと熱が下がって、それで初めて彼と話しが出来たの」


「で、その人が稚田彦の兄だったと言う事?」


雄朝津間皇子は、とても真剣な表情で彼女の話しを聞いていた。


「その、その人が稚田彦の兄なんて事は当時知らなかったけど、彼は自分の名前を挂波弥と名乗ったわ。

今回は用事があって大和から来たと言っていた。その後身体も回復して、私や使用人の人達にとても感謝し、そしてその後彼は帰って行ったわ」


それを聞いた稚田彦はどうやら思い当たる事があったようで、彼女にその事を話した。


「その話しは聞いた事があります。こんな所で話す事でもないんですが。

私と兄の挂波弥の父親は、瑞歯別大王みずはわけのおおきみの父上にあたる大雀大王おおさざきのおおきみの異母兄弟でした。

父はさらに、私の祖父にあたる誉田大王ほむたわけのおおきみが通っていた豪族の姫の使用人の女との間に出来た子供です。

その為に、父は異母兄弟の大雀大王のような身分は約束されませんでした」


稚田彦はさらに続けて、忍坂姫達に話した。


「その子供である私と兄の挂波弥は、さらに立場が低く、当時は中々苦労が耐えませんでした。

そんな中当時使えていた皇族の人からの指示で、兄は息長に出向く事になりました。

ですが、向かった先で熱に倒れてしまい、意識がもうろうとしていた中、ある小さな姫に助けられたと言ってました」


それを聞いた忍坂姫は思わずハッとした。つまりその小さな姫と言うのが、自分の事だったんだろう。


「それでさらに兄が言っていたのですが。そんなどこの誰かも分からない自分に、その姫はとても懸命に看病してくれたそうです。その事は、当時の兄にとってどんなに嬉しかった事か……」

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