第37話

その後、瑞歯別皇子みずはやけのおうじは苛立ちを抱えながら1人で歩いていた。


「あいつは一体何なんだ。無礼にも程がある。どうして葛城はあんな奴を寄越したんだ!」


(くそ、あんな娘なんかのどこがそんなに良いって言うんだ)



そんな皇子の前に、偶然佐由良が通り掛かった。


(あれは瑞歯別皇子、先程の葛城の方とはもうお話し終わったのかしら)


佐由良は軽くお辞儀をして、皇子の側を離れようとしたその矢先。


「おい、お前!」


彼は急に大きな声を上げて佐由良を呼び止めた。


(え、一体何?)


今まで一度も目も会わせてくれなかった皇子が、急に怒鳴り声で呼ばれたので佐由良もさすがに怯えた。


「お、皇子。何でしょうか」


佐由良は少し怯えながら彼に返事をした。


「お前、さっき来たあの男を案内していたな」


皇子は怒りの先を佐由良に向けるかの如く、低めの声で彼女にそう言った。


(さっき来られたって、葛城の人達の事よね)


「はい、先程葛城から来られた方々を案内しましたが、それが何か」


「お前、あの男に色気でも使ったのか。なんてやましい女なんだ、お前は」


(え、一体何の事?)


「皇子、私はそんな色気なんて使ってません。ただ普通に案内しただけです。

それに葛城の方に生まれを聞かれて、吉備と答えても嫌な顔を全くせず、とても親切な方でした」


「生まれを気にしないと言われて、ほいほいその気になったって訳か。お前自分の立場を分かってるのか」


佐由良は、ただただ訳も分からなく皇子に攻められてしまい、訳が分からない。


「私は何も悪い事なんてしてません。私には男性を好きになる資格なんてないですし……」


それを聞いた瑞歯別皇子は、酷く彼女をあざ笑うかのような口調で言った。


「まぁ釆女の分際であれば、主君に相手にされなければ、行く当てもないからな」


(私、何でそんな事言われないと行けないの) 


皇子にそう云われた瞬間、佐由良の目から涙が流れた。

そして思わずその場で彼女は泣き出してしまった。


そんな彼女を見て、彼は思わず「はっ!」と我に返った。  


(俺は今なんて事を……)


「悪い、ちょっと苛立ってただけだ」


だがそれでも彼女の涙は止まらない。


「あーもう責めないから、お前はさっさと行け」


そう言われた佐由良は、無言で頭を下げてそのままその場を去っていった。



「はぁー、おれは一体何をしてるんだ」


ふと彼の脳裏に、先程の佐由良の泣き顔がよぎった。


(泣かせるつもりなんてなかったんだ……)




佐由良はしばらくそのまま走って、皇子が見えなくなる所まで来て止まった。


「大和にやって来て、やっと自分は周りから受け入れて貰えてると思ってたのにな……」


彼女は目から流れてる涙を手で拭き、そしてそのまま仕事へと戻って行った。

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