住吉仲皇子の裏切り

第19話

そうしてまた平穏な日々に戻っていったその数日後、思いもよらない事件が起こった。




去来穂別皇子いざほわけのおうじのいる宮で、妃の黒媛くろひめが今日ものんびりと過ごしていた。

日も夜になり、姫のお世話をしている女達も引き下がった後だった。


「今日皇子はお出掛けで帰られないのよね」


去来穂別皇子は家臣と外に出ていっている為、姫の所のには来ないようだ。


もっとも他の妃達もいるので、いつも黒媛の所に通う訳ではないのだが。


「さぁ、今夜も冷えてきたので横になろうかしら」


そう彼女が思っていた矢先、ふと誰かの声が聞こえた。


「黒媛様、起きてらっしゃいますか」


一体こんな夜に誰だろう。


黒媛はあわてて起き上がった。


すると暗闇の中から、その人影が現れた。


「あなた、住吉中皇子すみのえのなかつおうじ


彼女は全く予期していなかった訪問者に驚いた。

どうして彼がこんな夜に来るのだろう。供をつけている訳でもなさそうだ。


「黒媛様、どうもお久しぶりです」


普段はとても穏やかな住吉中皇子が、今夜は闇に溶け込んで、少し妖しく見えた。


「こんな夜中に何の用なの」


黒媛は少し怯えながら、住吉中皇子を見た。


「実は、黒媛様にお伝えしたい事があって、今夜参いらせて頂きました」


「え、私に伝えたい事?」


住吉中皇子は、回りに誰もいないのを確認して、黒媛の側までやって来た。


そして黒媛の横に座ると、低い声で話した。


「実は、これから私は兄上である去来穂別皇子を討とうと思っております」


去来穂別皇子を討つ、つまりそれは皇子を暗殺しようと言う事だ。


「あ、あなた、何て事を言うのよ。冗、冗談でしょう!」


黒媛の体が震えだした。


「いいえ、冗談などではありません。それで兄上を討った後は、黒媛様、あなたには私の妃になってもらいます」


「え、私があなたの妃に」


「はい、今までずっと隠しておりましたが、実は以前よりずっと黒媛様あなたを好いておりました。そして何とかあなたを手に入れたいと考えていたのです」


「まさかあなた、その為に皇子を討とうとしているの」


「はい、その通りです。兄上はあなたとの事をとても気に入っておいでだ。私は、兄上の妃になる前からずっとあなたを見ていと言うのに……」


住吉仲皇子の目は今まさに人を殺すような目をしていた。


「ねえ、お願いそんな事はやめて。去来穂別皇子を殺すなんて」


「いいえ、無理です」


黒媛は、今悪夢を見ているかのようだ。あの心優しい皇子を自分がこんな人に変えてしまったのかと。


「住吉仲皇子」


すると、皇子は黒媛を抱き寄せた。


「皇子、一体何を」


黒媛は急に動揺して来た。

皇子を引き離そうとしても、彼はびくともしない。


「黒媛様、どうかこのまま私を受け入れて下さい」


そう言うと皇子は黒媛をその場に押し倒した。


「黒媛様。今宵は私の物に……」


「住吉仲皇子お願いやめて、誰、誰かー!!」


しかし、住吉仲皇子がとっさに彼女の口をふさいだ。


「し、姫お静かに」


そしてそのまま住吉仲皇子は黒媛に覆い被さった。


(去来穂別皇子、助けて……)


か弱い黒媛では、男性である皇子から逃げる事はよう出来ない。


こうして、住吉中皇子は無理矢理に黒媛を自分のものにしてしまった。

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