第36話

彼が振り返る。



途端、フッと息が止まりそうになった。



彼の顔が日の光に照らされ、昼間の月のように白く透き通っていて、迫り来ると死の前兆を見てしまったような気がしたのだ。


思わず息を飲む。



席から立ち上がり、私の脇を通ってドアを出ていく彼の背中をぼんやりと眺める。


ひょろりと細長い体が、なんだか今日はいつもよりも頼りない。


もしかしたら、私も他人からはそんな風に見えているのかもしれない。



「そういや七海最近、絵具の匂いしない」



ドアの前で振り返ったカナメが不意にそんなことを口にした。




「最近、絵描いてないんだろ、お前」



思わずどきりとした。



まさか匂いだけでそんなことを言い当てられるとは思いも寄らなかったのだ。


確かに私は趣味で油絵を描くのが好きで、それこそ少し前までは暇さえあればいつも描いていた。



学校に行く前、帰ってから、寝る前ぎりぎりまで。



一時期は学生が勉強に費やす時間のほとんどを絵に当てていたせいで成績が落ち込み、両親に説教されたこともある。

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