午後6時のプディング

もも

第1話 牛乳、砂糖、卵黄、バニラビーンズ

 鍋の中で砂糖と水が馴染み、ある時を境にして瞬時にそれは始まる。

 しゅわしゅわとも、じゅうじゅうとも似ていない音を立てて砂糖が溶け、どろりとした飴状になる。

 鍋は傾けるだけ。決して触らない。触ってはいけない。

 そうして、砂糖はあっという間に茶色から焦げ茶のカラメルへと変化する。

 仕上げに少しの熱湯を入れて、完成だ。


「おはよう」


 既にワイシャツに着替えた夫が、リビングに入ってくる。

 私は朝の挨拶を返しながら「牛乳、砂糖、卵黄、バニラビーンズ」と、頭の中で必要な材料を整理した。


「またプリン作ってんのか」

「そう」


 さして興味がないのか、夫はそれ以上何も聞かなかった。


「今日は遅くなる?」

「ん」


 テーブルに置かれたトーストを齧りながら、夫は頷いた。


「仕事終わりにゴルフのレッスンに行ってくる」

「帰る前にまたメール頂戴。ご飯の用意があるから」

 

 食べ終わると夫は空の食器を残したまま席を立ち、洗面所へ向かった。私は冷蔵庫から牛乳を取り出し、プリンの生地を作る準備を始める。

 

 この一年、私は毎週水曜日に欠かさずプリンを作っている。

 夫ではない別の男と食べるためのプリンを。

 

 飽きることなく作り続けている私のことを、夫はどう思っているのだろう。

 気にならない訳ではなかった。

 が、今注意を払うべきはプリンを作る段取りであって、そこではない。 

 

 砂糖、卵黄、バニラビーンズ。

 残りの材料を集め、牛乳と共にキッチンに並べる。


 安永さんは今日も喜んでくれるだろうか。


 たったこれだけの材料で作られるプリンだけが、私と彼を結びつけている。

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