第59話

After story:リヒトとばあちゃん 其の七


「黄泉さん、今少し時間いいですか?」

ある日の夜のこと。

リヒトはキッチンで調理器具の片づけをする黄泉に話しかけた。

「あら、リヒト。珍しいわね」

どうしたの?と、を手を止め、真面目に聞く姿勢を見せる。

(…よ、黄泉さんと、リヒト…!?こんな時間になんの用事が…ま、ままままさか告白じゃないよね!?)

…と、別角度から、あらぬ想像をして心配する月がひょこっと顔をだした。

ちなみに黄泉の後ろ、言わばバックヤードである。

黄泉に言われたわけではないが、個人的に在庫の確認を始めた。

自分から率先して仕事を探す優秀な店員…と思いたいところだが、本当は、ちょっぴり…いやかなり、「やったら褒めてくれないかな~」と言う打算が込められている。

あと、恋愛的な意味で黄泉に好意を持っているのはお前だけである。

何も気にすることはないのだが…それでも気にするのが月(恋)なのだ。

そんな月の心配を他所に、リヒトは真剣な表情で話す。

「…俺のばあちゃんのことは覚えてますか?」

「…えぇ、もちろん。貴方の記憶は一緒に見させてもらったから」

リヒトの記憶。

それは凄惨な記憶だった。

父親は暴力的で、母親は幽霊扱いでリヒトを助けることはなかった。

家では毎日父親からの暴力の日々。

そんな中、唯一の見方が祖母、青山梅子だ。

暴力に苦しみながらも、祖母と支えあい、何とか生きていたが…。

とうとうある日父親に殺されかけた。

しかし、偶然にも黄泉路に辿り着いたリヒトは藁にも縋る思いでお願いし、働くこととなったのだが。

「おばあさんがどうしたのかしら。気になる事でも、あったの?」

(な、なーんだ…おばあさんのことか…。な、ならプライベートだし聞かないほうがいいよね。今出られないから耳でも塞いでようかな…)

「…おいっ!月これーー…!!?」

考え事をする月の後ろで声がした。

声がして、月は情景反射的に陽の口を封じた。

陽は急に口を封じられたのに怒ったらしく、月に捕まりながらもジタバタと暴れている。

幸い、口を塞いでからすぐ月は陽を抱えて軽く飛んだおかげで奥へ行ったためか、今のところ二人は気づく様子はない。

「お、お願い陽…!今だけは本当に黙ってて」

月は陽にしか聞こえないくらい、小声で話す。

「…んだよてめー!いきなり口塞ぎやがって…せっかく俺が手伝ってやってんのによ~」

陽も自然と月に釣られて小声になる。

だが、表情からも苛立ってるのが丸わかりだ。

「それはごめん…今、黄泉さんとリヒトが真面目な話をしてるんだ。だから終わるまで静かに…」

「はぁー?やなこった!大体、なんでお前の言うことなんか聞かねぇとなんねーんだよ」

予想通りの答えが返ってきた。

「…期間限定、地獄堂の窯焼きプリン買ってあげる」

「………その手にはっ…」

「今なら2個」

月は引き下がらない。

ちなみに地獄堂の窯焼きプリンは、地獄で実際に使っている窯を使った、超人気のプリンだ。

食べられるかすら分からない、幻のプリン。

閻魔様もお忍びで食べに来てるとか…。

「3個。乗った。ぜってー約束忘れんなよ」

「う、うん!ありがと陽…」

そう言いつつも、すでに入口からこっそり覗いている陽にハラハラしつつも、「期間限定のプリンを3個も買えるかな~」とすでに不安になる月だった。

「…俺、ばあちゃんに申し訳ないと思いつつも、何も言わずにカフェに入ったから、ばあちゃんどうしてるかなと…。今頃心配になっちゃって」

しかし、リヒトの言葉に二人は耳を立てる。

「……それで様子を見に行きたいってことね?」

「……!はい。無理は承知の話なんですけど…」

気まずそうにリヒトは目を伏せる。

「それは別に構わないわよ?」

「…えっ。でも俺、別に仕事するわけじゃないのに…」

と、リヒトは自分で聞いておきながら、提案があっさりと承諾されたことによる、喜びと戸惑いの表情を見せた。

「良いのよ。…私だって純粋に仕事だけのことで言ってないもの…。それに、従業員にそんな顔させながら働かせられないわよ笑」

冗談混じりに黄泉は微笑む。

「ありがとうございます…!」

リヒトもホッとしたように微笑み、礼を言う。

「……それで。陽、何してるのかしら?」

リヒトの方を向いたまま、見えないはずのバックヤードの方に向けて黄泉は話しかける。

「…チッ!やっぱりばれてたのかよ」

あっさり引き下がる陽。

言いながら、入り口から姿を現した。

「…あっ陽…」

その様子に月は寂しそうに小さく呟いた。

「月も。いるんでしょう?怒らないから出てらっしゃい」

「はっはい!ばれてましたか…」

月も名指しされたことに驚いたが、大人しく出てきた。

リヒトは気づいていなかったらしい。

「全く気付かなかった…」と、漏らしている。

「なんでバレた」

陽はバレていると確信していたものの、やはり悔しかったらしく、少し不服そうに尋ねる。

「当たり前でしょ。雑音に交じって微かに物音が聞こえたし…キッチンの横を通らないといけない階段へ誰も上ってなかったもの」

「…チッつまんねー」

「探偵みたいだな…」

「さすが黄泉さん…!」

完全興味をなくした陽。

感心するリヒトに、感銘を受ける月。

「それはそうとして、話聞いていたんでしょう?もちろん、月と陽も手伝うわね?」

文句は言わせない、言葉からそう圧が伝わってくる。

「別に文句はねーよ。…めんどくせえけど。人間界観光できるし!」

ぽつりと”面倒くさい”と言った気がするが、今回は不問としよう。

月も反対でない。

「じゃあ早速明日、向かいましょう」

「おう」「はい!」

皆、やる気満々だ。

「…みんなほんとにありがとう!」

リヒトは感謝の意を述べた。


         ***


翌日。

黄泉達は早速青山家にーーではなく、刑務所の面会室に来ていた。

リヒトが折り入って頼んできたのだ。

が、そこには当の本人はおらず、黄泉のみ。

月と陽ですら見当たらない。

「俺に面会ぃ?」

いかにも機嫌が悪い声を出しながら、ドスドスと音を立ててやってきたのは、青山正蔵…リヒトの父親だった。

正蔵はわが物模様にドカッと遠慮なく椅子に座ると、黄泉の顔を観察するように睨む。

「誰かは知らねえが、良い女じゃねえか。こんな辛気臭せえ場所じゃなかったら抱いたんだけどな笑」

セクハラな言葉を堂々と発言する男。

「…本当にクズな男ね」

ぽつりと黄泉は、呆れた口調で呟いた。

「あ?」

正蔵が眉を吊り上げ睨みを利かせるが、黄泉は全くひるむことなく、寧ろ微笑んだ。

「いいえ、何でもないわ。それより、今日は貴方の息子が”生前”遺したビデオレターよ。聞いてちょうだい」

黄泉はそう言い、ポケットからスマホを取り出す。

それを、正蔵に見えるように手を伸ばして画面を向けた。

そこにはーー

「リヒト?」

正蔵の言う通り、上半身からリヒトだけが映った画面が表示されていた。

三脚などでスマホを横画面で固定しているのだろう。

スマホの中のリヒトはゆっくりと話し出した。

『…父さん、久しぶり。っていうのもおかしいけど、とりあえずこれを見てるころには父さんは刑務所にいると思う』

「あーそうだな!!お前が死にやがったせいで俺はムショ行きだ!親不孝の愚図が」

正蔵は画面のリヒトに向かって暴言を吐くが、言葉は淡々と続く。

『…俺は家が…父さんが嫌いだった。名詞で父さん、なんて呼んでるけど、お前のことを一度も父親だなんて思ったことはない。だけど…俺の”今の生活”をあんたに知ってほしくて、知り合いにこれを頼んだ。…なんせ、俺はここでは死んだことになってるからな』

「てめえ!訳わかんねーこと言ってんじゃねえぞ!!殺すぞ!」

ガンッと勢いよく正蔵と黄泉を挟む壁が蹴られる。

「…少し、黙って聞いてかしら」

黄泉はあり得ない”魔法”で、正蔵の口を”物理的に”黙らせる。

正蔵の口は、まるで縫い付けられたようにぴたりと閉じている。

正蔵は頑張って話そうとするが、びくともしない。

『何も知らなくていい。独り言だ。…話を戻すが、俺はこの街にはもういない。今は住み込みでカフェで働かしてもらってる。…もう、誰かに殴られたり怒鳴られたりしてないんだ。俺は今、すごく幸せなんだ』

「…ん-!!?ん~んんん~!!」

正蔵は何か言いたげに声を荒げるが、口を閉ざされているので、何も分からない。

「証拠も何もないし、死体だって出てるから、何言っても無駄だと思うよ、父さん。精神が狂ったと思われるだけさ』

「ん~!!」

『…さて、言いたいことは全部言った。もうあんたに用はない。せいぜい牢屋で苦しんでくれ。…さよなら』

プツリ。

そこで映像は途切れた。

「…どうだったかしら、ビデオレター。と言っても、今は話せないでしょうけど。明日には自然に戻るようにしておくわ」

「ん!?んんんん、んんん!!!」

「嫌よ。私も用事も済んだことだから、お暇するわ。次は…そうね、黄泉路でお会いしましょう」

「んんーーー!!!」

叫ぶ男を置いて、黄泉はその場を後にした。

刑務所を出て、大きく伸びをする。

スマホを取り出し、”通話中”にしてあった画面に問いかけた。

「やるじゃない、リヒト。…これで、一つは気が晴れたかしら?」

『…はい。あいつにも一言、言ってやりたかったので生々しました。ありがとうございます、協力して下さって』

電話先…リヒトは言う。

「あのくらい、どうってことないわ」

実は、ビデオレターと言うのは嘘である。

ただ電話していたのを、ビデオレター風にしただけの、簡単な作戦だ。

正蔵には”実は生きている”ような感じのニュアンスで言ったが、実際に死んではいる。

本当は直接会いに行きたいところだが、死者が歩いて、目の前に現れては他の人も混乱してしまう。

さすがにそれを収めるほどの力を黄泉は持っていない。

そこで仕方なく、ああいう形での再会となったのである。

「もう家には着いたかしら」

『着きました。…あ!陽そこは危ないぞ…。……すみません、陽が邪魔しそうだからショッピングモールの方に行ってきます、と月が』

リヒトの声に混ざって陽と月の声が聞こえる。

「ふふっ分かったわ。私も月達の方へ行くから、貴方は家族水入らずの時間を過ごして」

『……ありがとうございます』

そう言って電話は切れた。

「リヒトは……後悔のない人生を歩んでほしいわね」

黄泉は少し哀しそうに微笑みながら、暗くなった画面を見つめた。


         ***


「…よし」

陽と月と別れてから、何度目か分からないため息をつき、ようやく決心して入る。

まるで、他人の家に忍び込むかのような緊張感と、背徳感があった。

ばあちゃんに会うと決めたものの、いざ会うと思うと緊張が走った。

「ただいま…」

おずおずとした態度で靴を脱ぎ、廊下を歩く。

リヒトは迷わず、自身の部屋がある場所へ向かった。

ドアを開けると、なんだか懐かしくなった。

あの日の、あの事件の後のまま。

何一つ変わらない風景が、リヒトを待っていた。

リヒトはゆっくりと足を踏み入れ、大の字に寝転がった。

目を瞑ると、鮮明にあの日のことから、今までの暮らしまで蘇ってきて、とてもじゃないがいい気分とは言えない。

その時。

「リヒト」

懐かしい声が、名前を呼んだ。

目を開け、上半身を起こして飛び起きた。

「ばあちゃん…」

ばあちゃん、と呼ばれた人物は、いきなり家に現れた死人に驚くことなく、いつもの日常の一つのように、変わらない声で言った。

「リヒト、お帰り」

「ただいま、ばあちゃん…」

逆にリヒトの方が信じられない様子に、ばあちゃんは面白そうに笑う。

「ははっ何だい。リヒトが帰ってきたんだろうに。泣くのはおよし。今の幸せが逃げてしまうよ」

ばあちゃんは俺の隣に座り、俺の涙を拭う。

いつの間にか泣いてしまっていたらしい。

確かに、目頭が熱く、視界がぼやけている。

ようやくはっきりしてきたところで、気になったことを尋ねる。

「…ばあちゃん、もしかして俺が今何してるか、知ってるのか?」

「大方、予想はついてるよ。リヒトは今、”あの”カフェで働いてるんだろう?勢いで色々省いてなったけど、落ち着いて思い返して、「ばあちゃんに何も言わずに行っちゃった」って思ったんでしょ。私には死んだことしか分からないのにね」

リヒトは話を聞いてからカフェにものすごく執着してたものね、ところころ茶化すように笑った。

あまりの適格性に、驚いて固まってしまう。

ばあちゃんは、何もかもお見通しみたいだ。

その言葉の安心感に、先ほどまでの緊張感がなくなっていた。

「…うん。俺はあのカフェ…カフェ・死神で働いてる。仲間も良いやつばっかだし、仕事も楽しいし、毎日が充実してる」

「……そうかい。ばあちゃんはリヒトからその言葉が聞けただけで十分、嬉しいよ」

ばあちゃんは、そう言って満面の笑みを浮かべた。

俺も、ばあちゃんのその笑顔が見れて…嬉しい。

ピコン。

その時、スマホの通知が鳴った。

見てみると、陽からだった。

『ゲーセンのホラゲー、月混ぜてやるから早く来い!!』

ピコン。

『リヒト!?陽のメールは無視してi』

…これ、月のやつ陽にすでに振り回されてないか?

ピコン。

『陽がごめんなさい。後で叱っておくから、こっちは気にしないで』

もう一件。黄泉さんからだった。

三人のメールから、会話と場が容易く想像できてしまい、思わず頬が緩んだ。

「…楽しそうだねぇ」

「うん…!」

「リヒトを笑顔にしてくれる場所ができて、本当に良かったよ。私も寿命を迎えたら行こうかね」

冗談交じりに言うばあちゃんに、釣られて笑う。

あぁ、本当に幸せだ。

リヒトの心残りは完全に消えていた。

リヒトは心を込めて言った。

   「ご来店お待ちしております!」

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