第58話

After story:黄泉と月、陽の出会い編 其の六


「お前らも、後1年で卒業するんだから進路考えとけよ」


(進路、か…)

これは、月達がカフェ・死神で働くより前のお話。

黄泉と月達が…出会うまでの物語だ。

それはそうとて、月は放課後、陽と帰りながらその事ばかり考えていた。

自分は優柔不断なので、早めに考えたいところだが、なにせ、やりたいことがない。

それもそのはず、ここは悪魔の世界。

"悪魔らしい"仕事の方が多い。

例えば、人に幸運を与える天使の仕事と反対に、イタズラをする仕事、悪魔界の治安を守る仕事(人間で言う警察)などなど…。

弱気の月には、到底考えられない仕事ばかりだったのだ。

しかし、そんな悪魔界にも普通の仕事はある。

飲食店や服屋などだ。

だが、それも自分が働けていることが想像できない…失敗する未来しか見えなくて、なかなかやる気が出ない。

そして、なぜ進学のことは考えていないかと言うと、悪魔界は基本、高校を卒業したら就職するのが一般的だからだ。

勉強するのはせいぜい、教職に付く者か、エリートになりたい者だけだ。

月はどちらも選択肢にない(教職など論外だ)ので、就職を考えている。

「…陽は何かやりたい仕事があるの?」

悩んでいたら頭が痛くなってきたので、陽の意見も問う。

「…あ?仕事ぉ?んなもんイタズラ一択に決まってるだろうが」

頬に着いたシュークリームのクリームを指で拭い、ペロッと食べる。

陽は進路について悩んでもいなさそうだった。

「…まぁ、陽はそうだよね…」

あまりの清々しさに苦笑いが零れる。

日頃から陽のイタズラを受けている身として、陽の回答はつくづく似合ってるな〜と感じる。

「なんだよ?俺の回答が不満なのか?」

月の歯切れの悪い返答に、陽が眉をひそめる。

「いや、なんか陽らしいな〜と思って」

ハハッと月は乾いた笑いを漏らす。

月は…少しだけ、陽が羨ましく感じた。

口は悪いが、はっきり物事を考えている姿が、悪魔らしくて…。

(…僕とは、全然違うな)

陽と比較すると、どんどん自分が情けなく感じてくる。

双子なのに、この性格の違い差はなんなのだろうか。

「…お前、俺の事じゃなくて自分の事考えとけよ?」

陽は残りのシュークリームを一気に口の中に放り込むと、足の止まった月を待つことなく歩いていく。

(…僕は…何になりたいのかな)

そんなことわかってるよ、と反論する元気もなく、月はとぼとぼと思い足取りで家路を辿るのだった。


***


何となく、帰りたくなくて月は街を目的なく歩いた。

手には、進路希望調査の紙を持って。

(…結構遠くまで来ちゃったな。)

辺りを見回すと、全く分からないではないものの、見慣れない所まで来ていた。

時間も、もう夕方になっており、空は茜色に染まっている。

「…ん〜良い仕事ってなかなかないもんだな」

「そりゃそうだろ。何でもかんでも良い仕事なんて世の中そうそうないさ」

笑い混じりに、遠くからそんな声が聞こえる。

声の方を見ると、何やら壁にたくさんの紙が貼られた場所でその人達は談笑していた。

月がそこに行くと、すれ違いで話していた人はそこを離れた。

月は1人、その紙々を眺める。

(…飲食店に、アパレル…求人募集の張り紙か)

こうして見ると、たくさんの店が募集しているようだ。

「…ここに僕の入れる場所はあるのかな…」

言って、ブワッと虚しさが溢れる。

首を横に振って、もう帰ろうとUターン。

ドンッ。バラバラっ

前を良く見ていなかった。

誰かと、ぶつかってしまった。

その上、ぶつかった拍子に持っていた紙を落とす。

「…あ!す、すみません…」

自分のどん臭さに泣きそうになる。

「…いえ、私も良く見てなかったから…。お互い様ね」

そう言い、ぶつかった女性は朗らかに笑った。

月に落とした紙を渡してくれる。

だが、動揺して女性の顔をあまり見ることができなかった。

月は紙を見て、またため息を着く。

先程まで考えていたことを、思い出したからだ。

「進路で悩んでるのかしら?」

「…え、あぁ、まぁ…」

突然話しかけられ、曖昧に答える。

「…僕、悪魔のくせにこんな弱気な性格だから、ちゃんと仕事ができるか不安で。…あ、すみません…初対面なのにこんな事言われても、困りますよね」

ハハッと乾いた笑いが零れる。

女性は、ジッとしばらく無言で紙と月を見ていた。

やがて、口を開いた。

「…私は貴方の事を知らないし、偉い事も言えないけれど…。悪魔だからって性格や個性は関係ないと思うわ。誰だって同じ性格じゃないもの。」

「でも…」

それでも、強気な性格の方がこの世界で生きていくのに良いだろう。

そう言いたい気持ちを悟ったのか、女性は言葉を続ける。

「…それでも。それでもきっと、貴方の性格が、いつか誰かを助けると思うわ。それが今じゃなくても、きっと」

パッと、思わず顔を上げた。

思いがけない言葉だった。

そんな言葉…今まで言われたことなかった。

そして、今回初めて、女性の顔を見た。

菫色の瞳に、少しくせっ毛の髪を横に結んでいる。

色は紫だが、学生服のような、服を着ている。

「…きれいだ…」

思わず、そう呟いていた。

胸が、今までにないくらいドキドキしている。

周りの音が聞こえなくなるくらい。

頬が赤く染まるのが分かる。

「……?」

月の言葉に、女性は不思議そうに首を傾げる。

「…あ、今のは…気にしないでください…」

月はパッと顔を逸らした。

彼女に、赤くなった顔を見られたくなかったからだ。

「そう?それなら私はもう行くわ。」

「は、はい。えと、ありがとうございました」

月は立ち上がり、女性にお礼を言う。

その様子が面白かったのか、女性はクスッと笑うと、

「…あ、そうだ。私黄泉路でカフェを開くの。良かったら来て」

今、人を募集してるから、と言った。

そして、そのカフェのらしいチラシを月に渡して、そのまま帰って行った。

「…は、はい」

月は1人、取り残された。

先程まで抱えていた憂鬱はどこへやら。

胸がまだドキドキしている。

「…カフェ、行ってみようかな…」


***


「…陽!僕やりたい事見つかった…!」

「…うぉっ!?急になんだよ…」

家に帰ると、陽はソファに寝そべってゲームをしていた。

ちょうどクリアしたらしく、『ゲームクリア』と画面に表示されている。

陽の返事待たず、月はずんずんと陽の元へ歩いていく。

「これ、カフェ!僕、このカフェで働く」

「カフェぇ?なんでだよ、悪魔らしさとかどうとか言ってたじゃねーか」

月が見せてきたチラシを見ながら、陽は尋ねる。

「…いや、もうそれは考えないようにしたんだ。"悪魔らしくない"のも僕だって、気づいたから」

「………ま、良いんじゃね」

陽は月の変化に、ポカーンとしていたが、やがて小さく返した。

「だよね!」

月はいつになく明るく答えた。

早速履歴書書いてくる!と部屋のある二階に上がっていく。

るんるんで、スキップしそうなテンションで。

「…今のお前は悪魔らしいんじゃねーの」

二階にいる月には聞こえないような、小さな声で陽は呟いた。

その顔は…少し、ほんの少し微笑んでいた。


***


「…ここ、かな…」

陽と一緒に訪れたのは、黄泉路。

女性が言っていた場所。

もらったチラシには、丁寧に地図が書かれており、簡単に来ることが出来た。

ただ、黄泉路はあの世とこの世を通じているだけあって、とても暗い。

「陽は別に来なくてよかったのに」

てっきり、家でゲームでもしてるのかと思ったが、言うと着いてきた。

そんなにビビりだと思われているのだろうか。

「お前がビビりだからな笑」

予想通り。

からかいに来ただけのようだ。

「陽のばかー!」

つい、いつものようにぎゃあぎゃあ喧嘩していると…

「…あら、お客さん?」

声が聞こえたのか、女性が店からでてきた。

「…あ…!」

月は大きく息を吸うと、話しかける。

「…あのっここで、働きたくて…」

"たくて"から、急な恥ずかしさで段々声が小さくなってしまったが、ちゃんと、言えた。

女性は、驚いたように目を開いた。

「ほんと?それは嬉しいわ。…でも、私のところで良かったのかしら。…その、色々私についてウワサを聞いたことがあったと思うのだけど」

ウワサ…。

それは、あまり心当たりがない。

新参者の死神が中級死神になったと言うことくらいしか…。

でも、彼女の反応から、これでは無さそうだ。

もう少し、なんだろう。

重そうな気がする。

「…貴方が言ってくれたように、貴方が誰だろうと関係ないです。僕がここで働きたいんです。僕らしく、貴方と…!」

なんて拙い言葉。

ちゃんと、言いたいことは伝わっただろうか。

「…それは良かった。素敵な仲間が見つかってよかったわ」

彼女は微笑み、それで、と陽に視線を向ける。

「貴方もこの店に入るのかしら?」

「…あぁ。俺も入る」

「えっ!?陽も!?」

月は予想だにしてなくて、驚きの声を上げる。

「んだよ、なんか文句でもあんのか?」

陽は睨む。

「いや…イタズラ、仕事にしなくて良いの?」

陽はこの前、悩むことなく決めていた。

だから、『カフェ』と言う仕事がとても意外だった。

「…良いんだよ。お前、一人だったら絶対泣くからな!笑」

馬鹿にするように鼻で笑う。

「…は、はぁ?なんだよそれ…」

呆れた声が、月から漏れた。

陽らしくて、もう反論の余地さえない。

(…ほんとは月のあの時の言葉に押されたからとか、死んでも言わねー)

月の心の変化は、思わぬ所で誰かの気持ちも変えていた。

「…じゃあ、これからよろしくね、私は黄泉よ」

すっと、月の前に手が差し出される。

「…!月です、よろしくお願いします…!」

月は差し出された手を、しっかりと握った。


***


「…こうして、僕は黄泉さんと出会ったんだ…!」

月は、幸せそうに回想を終わらせる。

「そう言うきっかけがあったんだ。良い出会いだったね」

リヒトに褒められ、更に月は嬉しそうにする。

「…ま、あの時の決意は良くても、今でも泣き虫だな笑」

陽は面白そうに笑う。

「…ぼ、僕だって少しは変わったよ…」

たぶん、と弱々しく言う月。

(…陽はああ言ってるけど、きっと月に影響されたとこもあるんだろうな)

リヒトは、この二人の、兄弟としてお互いの尊敬のようなものを感じて、微笑ましく思うのだった。

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