第55話

After story:鏡峰姉弟と父 其の三


私は、もう二度と死ぬことはできない。

そう思っていた。

今、この時までは。

「...死ねる?この、私が?」

今言われたことを、もう一度繰り返した。

目の前の少女ーーもとより、私の娘、泉は頷いた。

「ええ。まだ決定したことではないけど...可能性の話として話しているわ。」

「でも、その方法って一体どういう感じなの?」

隣にいるきいなーー彼女も私の娘であり、泉の姉でもあるーーも、横から訪ねた。

泉はチラリときいなを見て、また前を見る。

「…方法は、私の魔術で父さんのあるべき寿命に戻すだけよ。…簡単に言うけど、少し複雑で、不確か」

できるかどうか、確証はないわ、と付け足す。

「えっと、つまり家の魔術で人魚の呪い?を解いてなかったことにするって感じ?」

少し理解するのに時間がかかったのか、話を頭の中で整理するように、目線が宙に浮きながら話す。

「そう言うことになるわね。」

泉は軽く頷く。

私も、2人の会話を聞いて大分状況が飲み込めてきた。

「それはここでやるのか?…まあ、そうだな。私はあそこに行けないのだから、必然的か。…そう言えば、ずっと聞きそびれていたが…その、優路はどうなったか知っているか?」

ハッとしたように泉ときいなの目が見開かれる。

二人も考えないようにしてきたのか、少し口が重そうだった。

「…すまない。私が聞くような話ではなかった。」

すると、フルフルと泉はハッとしたように首を振る。

「ごめんなさい。そう言う事じゃないわ。…私も、いつか話さなければいけなかったから。……重い話になるけど、良いかしら?」

泉の目がまっすぐ私を捉えた。

「…教えてくれ。」

私は深く頷いた。


***


「…姉さんや優地は大丈夫かしら。」

姉さんが身代わりに巫女になり、会えなくなってからもうひと月以上経つ。

優路に至ってはなんの情報もなかった。

鬼の噂話を耳にしただけ。

ため息をついた。

今は、自分は死神で、現世からやってくる彷徨う魂を正しい道へ送る仕事をしている。

少しでも気分をあげようと、得意の料理で記憶を思い出してもらうと言うシステムも作った。

それでも、気分はあがらなかった。

明るく振舞おうとするが、いつも気持ちの奥底はぽっかりと穴が空いたように虚空なのだった。

『いつまでも返事を待ってちゃ駄目よ?泉。』

突然、母の声が再生される。

これは、内気だった自分に、母が投げかけた言

葉。

「…そうよね。」

自分は何をやっていたのだろうか。

ただ、情報が来ないと嘆いて待っているだけ。

集まるわけが無いだろう。

自分で聞かないと得られないものもあるのだか

ら。

「…聞いてみましょう。」

泉は歩き出した。

一般悪魔が住む住宅街。

死神が集う酒場。

下級死神達が働くオフィス街。

手当り次第探したが、どこにもいない。

中には知っていそうな上級死神もいたが、口ごもるばかりで教えてくれなかった。

大抵は、仕事で忙しいと門前払い。

残すところは炭鉱…

そこは、鬼達が働く場所だ。

暗く、灯りは微小だ。

いるはずがないと思うが、行ってみることにした。

(…こんな所に優地がいたら…なんて言ってあげたら良いのかしら…)

優路は体が弱いのに、と思う。

そんな時。

「こんなとこにお嬢さんが1人でどうしたんだい?」

突然の声にビクッと肩が震える。

後ろを振り返ると、見知らぬ鬼がいた。

手にはツルを持っており、肩にかけるようにしている。

物腰柔らかそうだ。

見た目は鬼そのもので、少し怖いが。

鬼にも色んな種類があるらしい。

(見た目で判断しては行けないわね)

少し反省しつつ、口を開く。

「…弟を探しているの。離れ離れになってしまって。沢山歩き回ったのだけど、もうここしか…」

グッと唇を噛む。

言葉が途切れた。

悪い考えしか浮かばないのも、悔しかった。

「…うーん、弟…お前さんみたいな人間ぽいやつはいたっけ…あ、」

うーんと首を曲げ、手をに当てて考えていたが、思いたったように声をあげた。

「…確か、知り合いにいた気がするよ。ちょっと呼んでくる。」

鬼は、くるりと背を翻し、近くで背を向けて一心にツルを振っている少年に声をかけた。

「おーい!」

すると、少年は手を止め、こちらに顔を向けた。

そして、ハッしたような顔を泉に向けたかと思うと、ツルを落とした。

カッと刃先が地面にたる音がする。

「…泉姉さーー」

「優路!」

少年が言い終わる前に泉は彼の元に駆け寄った。

いきなり、抱きつかれた彼は困惑している様子だった。

「…ね、姉さん…」

「…良かった、生きてた...」

泉は珍しく声をあげて泣いた。

最初は戸惑っていた彼一優路も、泉の背中にそっと手を置いた。

「うん。ほんとに良かった。…ほんとに。」

暫くし、泉は顔を上げた。

優路も顔を上げる。

泉の顔は沢山泣いたからか、目元が赤く腫れていた。

優路は慌ててポケットからなるべく綺麗な布を取り出して目元を泉の拭う。

それからずっと話したかったことを聞いた。

きいなのこと。泉のこと。母、それから、父のこと…

全てを聞き終わった優地は小さく呟いた。

「…泉姉さんがここに来た理由は大体分かるよ。……俺をここから連れ出そうとしてくれてるからでしょ?」

「……!」

的を射たようだ。

優路は哀しそうに微笑んだ。

「…ごめん、泉姉さん。俺はここから出ない…出られないんだ」

「…!な、なんで…」

「俺はもう、人間じゃないからだよ。」

「え、」

泉の目が大きく開かれる。

「…俺はここ来てからだいぶ経つし、ここの物も食べてしまった。ほら、古事記の神話でもあるだろ?伊邪那美と伊邪那岐の話。だから…」

後は言わなくても分かるだろ?と言う目で泉を見た。

その目は哀しく映っていた。

「…そう。」

泉は静かに呟く。

ここまで言えば諦める…

そう思った。

「…でも、諦める理由にはならないでしょ?」

「…は、」

「私がその話を聞いただけで諦めるわけないじゃない。問題には必ず解答がある。それに…貴方を探すの、とても苦労したのよ?」

冗談めかした微笑み。

優路の心は揺れかけた。

ここまで尽くしてくれる姉の気持ちは、分からないでもない。

でも、俺は…

「…姉さん、やっぱり俺は良いよ。ここに残る。」

「…理由を聞いて良いかしら?」

哀しそうに、でも諦めたくないと言う目をしてい

る。

優路は頷く。

「俺はここで過ごして、姉さん達を救う方法を見つけたい。姉さん達がここにいるのに自分だけなのは嬉しくないしね。」

それに、

「…それに、泉姉さんの気持ちだけで本当に嬉しいんだ。それだけで、いくらでも頑張れる。…だから、泣かないでよ、姉さん。」

泉は気づかないうちに泣いていた。

優路が優しく泉の目元を拭う。

「…優路の気持ちは分かったわ。貴方の意見を尊重する。」

お互い頑張りましょう、そう言って別れを告げた。


泉が出ていった後、残された2人の声だけが炭鉱に響く。

「…お前の姉さん、美人やねぇ。…良かったらーー」

「…お前だけには絶対やらん」


***


「…なるほど…優地は自分の決断で…」

祐介は静かに涙しながら呟く。

「…ええ。だから私はあのまま別れたの。今は完全に"こちら"の世界の姿になって、一目では分からないわ。」

「…私も泉から聞いた時はびっくりしたけど、優地も男って事ね!」

場を明るくするようにきいなは言う。

しばらく小さな笑いが零れた。

「……さて、父さん。私は全て話したわ。寿命の話について決断を聞きたいわ。」

また、シンッと場が静まる。

祐介は一息つくと、話し出す。

「…私もここに残ろうと思う。」

「「……!」」

泉ときいなは息を飲み、目を見開く。

陽達も驚いているのが表情で分かる。

「本当に、死にたいと言う願望がないわけじゃない。けれど...これは私なりの償いなんだ。こうなってしまった…菫と、家族の為の…」

これ以上何を言っても揺らがない、そんな意志を感じ取った泉は頷いた。

「分かったわ、父さん。貴方がいつか本当の死を手に入れるまで待ってるわ。」

「…ああ。」

その時はよろしく頼む、と祐介は深く頭を下げた。

これにて、鏡峰家のわだかまりは少しずつ解けて言ったのだった。

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