後日談

第53話

After story:黄泉と月 其の一


「…い、いいい泉しゃん...」

店内に震えた声が響く。

「いい加減なれねーのかよ。」

呆れた様子で月を見ながら、料理をお盆に乗せ、運ぶ陽。

その様子を見ながらクスクスと泉こと一一黄泉は笑う。

「名前だけよ?月。」

料理をする手を止めずに話す。

全てが終わった後、黄泉は自分の名を改め、"泉”と名乗った。

『私も前を向く事にしたわ。今日から泉と言って頂戴。』

と。

それには一同納得したのだがーー。

一人は、名前を言うことすら難しい人がいた。

月である。

ただ”黄泉"が"泉"になっただけなのだが、彼にとっては違うらしい。

月は今日も顔を赤くさせながら仕事をしている。

(…うぅ。意識すればするほど言いづらくなる…)

月は心の中で格闘していた。

過去を見、泉が実の義妹だと知り、困惑したのもそうだが、泉と呼ぶということは、本名を呼ぶと言うことである。

そう1度思ってしまえば抜け出せない。

月はもんもんと悩む。

そして、名前を言う事ともう一つ。

月を悩ましているのはーー

『月お前、泉に対する気持ちどーすんだ?』

ガチャンッ

持っていたティーカップが落ちる。

心のどこかで気づいていたが、考えないようにしてきたことだった。

言われたのは、過去を見てから割とすぐの事だった。

『…ど、どどどどーするって!?』

『…どうするって…考えりゃ分かるだろ』

少し言いにくそうに言う。

いつもよりちょっと真面目な言い方に、少し冷静になる。

好きな人が実は妹だったーーと、言うことはだ。

それは結果として妹が好きだと言うことになる。

つまり…

「…ふ、複雑すぎてどうしたら良いか…」

結局その後、陽に冗談めかして話されるだけで終わってしまった。

(あれからずっとどうしようかと思ってるけど…結局決められなかったな…)

恋心とは難しい。

夢中になっていればなっているほど、そう簡単に諦めの着くものでは無い。

月に関してはもう何年も恋をしている。

妹だと知ったからと言って諦め切れなかった。

「…自分だって、分かってるよ…」

ポツリと呟く。

いつの間にか声にでていた。

しかし、月本人は気づかない。

「…き、月?」

ハッと我に返る。

見上げると、泉が心配そうな顔で月を覗き込んでいた。

「…!!?い、泉さん!?」

跳ね上がる月。

「そんなに驚かなくても…何度も呼んだのよ?」

「…え、あ、すみません…」

辺りを見回すと、お客は誰もおらず、リヒトや陽の姿も見当たらなかった。

「…皆さんは一」

と、言いかけ、気づく。

キッキンの奥の廊下の壁に、隠れるようにして顔だけ覗かせるリヒトと陽の姿を。

(…何してるの、あの二人?)

その二人の名前を呼ぼうとして、陽の手にしているものに気づいた。

白い紙にマジックで何か書いてある。

目を凝らして読んでみる。

(今誰もいない。俺達も上に行ってるから今のうちに告白でもなんでもしとけ!?)

「…こ、こここ告!?」

"告白"と言う文字に驚き、思わず叫んでしまう。

「…月?」

不思議そうに家が首を傾げる。

幸い、泉はキッキンに背を向けているため気づいていない。

「…な、なんでもありません…」

恥ずかしさで顔を赤くさせながら、ブンブンと手を振る。

が、

(…今、話さないとせっかくの話せるチャンスを失ってしまう…)

不意にその事が頭を過り、否定する手が止まる。

にへら、と笑う顔も、止まるのが分かる。

グッと下唇を噛み、泉をまっすぐ見た。

「…泉さん、大切な話があります。」

泉は月の真剣な様子に、目を見開き、しばらく驚いた様子だったが、頷いた。

「…分かったわ。ここでいいかしら?」

今度は月が頷く。

緊張しているのか、少しぎこちない。

チラリ、と月は陽達の所を見る。

パチッと二人と目が合う。

陽はイタズラっ気を含む笑みで親指を立てている。

リヒトは申し訳なさそうな顔で月に向けて手を合わせている。

陽を止めたが、止めきれなかった様子を物語っている。

月は苦笑いを浮かべた。

「…月、さっきから何を見ているの?」

泉が不思議そうに呟き、振り向く。

一瞬月は肝が冷えたが、二人は気づかれる前に隠れ、そのまま上に上がったらしい。

もうでてこなかった。

その様子を見届けた後、月は大きく深呼吸した。

「泉さん。」

「はい。」

月の声に廊下に視線を向けていた泉は向き直る。

「…僕は、貴方の事がずっと好きでした。」

泉が息を飲むのが分かる。

驚いているようだ。

しばらくして、泉はキュッと唇を結ぶ。

「…泉さんが妹だってことはわかっています。けど、僕は一ー」

「…ごめんなさい。」

泉の言葉が、月の言葉を遮る。

月は、目の前が遠くなっていくのを感じる。

耳が、聞きたくないと言っている。

が、泉の言葉は止まらない。

「…貴方に魅力が無いと言っているのではないの。月は、本当に良い子だと思っているわ。」

けれど、と言葉を続ける。

「恋愛の好き、では無いの。だから貴方の気持ちには答えられないわ。」

月の目が潤む。

何か言いたいが、何も言えない。

分かりきっていた答え。

だが、いざとなると、胸が締め付けられるように痛い。

「…だからーー仲良くなることから始められないかしら?」

「…え、?」

言じられない言葉の続きに、戸惑う。

「前から仲良くないって事じゃないわ。その、友人だとおかしいと思って。..私は恋と言うものをまだ知らない。今は貴方の気持ちに答えられない。けれど…いつか、答えられる日が来るかもしれない。」

だから、と言葉を区切り、少し首を傾けて微笑んだ。

「…少しずつ進んでいかないかしら?」

「…なんて、ズルいわよね。…ごめんなさい。今のはーー」

「…良いです!」

月はたまらず叫んだ。

「…良いです。…良いんです。ずるくても、何でもいい。泉さんが少しでも向き合ってくれたのが、嬉しいんです。」

月は顔をくしゃくしゃにして笑った。

涙で視界が滲む。

陽の優しさに感謝しなくてはならない。

陽は、イタズラをする以上に、弟思いの優しい兄なのだ。

ありがとう、と呟く。

『おうよ。』

2階にいるはずの陽の、応答する声が聞こえた気がした。

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