エピローグ

第52話

最終話:夢の跡先


「…………。」

一同が固まる。

忘れられた過去一一記憶を見、誰もが黙り込む。

そして、最初に口火を切ったのは月だった。

「…こ、これは僕達が持っているはずだった記憶…です、よね…」

いまだ信じられない様子だ。

「…私も知らなかったわ。…情報量が多すぎる。」

頭を抱える黄泉。

「…チッだから…!言いたくなかったんだよ」怒りを滲ませた声を陽があげる。

「疑問なんだけど、何で陽は記憶があるんだ?」

リヒトが尋ねる。

再び空気がシンとする。

それは全員が思った事だった。

記憶の通りなら、泉達の母、童が記憶を消しているはずだ。

「…俺はあの時飲まなかっただけだ。怪しいと思ったからな。…直感で。」

顔が歪んでいる。

見たことをひどく怒っているようだ。

その後、陽は上に上がろうと階段まで歩く。

上ろうとしたが、足を止める。

「…俺はお前らに見て欲しくなかった。ずっと、このまま何も知らずのこのこと生きて欲しかった。…真実ほど苦しいモンはねぇだろ。」

そう最後に吐き捨てると、今度こそ上がって行った。

紛れもない、陽の本心だった。

「…陽…」

陽はずっと隠していたのだ。

苦しくて辛い気持ちも、複雑な本心も。

彼のイタズラ心の裏側には一体どれだけの優しい嘘が込められていたのだろうか。

ずっと一人で、誰にも話さず、この秘密を守り抜いていた。

三人を悲しませたくないから。

真実を知って絶望させたくなかったから。

その気持ちが伝わって、黄泉達は止めることが出来なかった。


「…クソ」

陽は一人いた。

階段をあがり、廊下を歩く。

守り抜けなかった。

あの時残された記憶を。

三人だけにはバレたくなかった。

一生、税密にしておくつもりだった。

それなのに、まさかこんな形でバレるとは...

ほんの出来心だった。

いつの間にか、頭で考えてるうちに、自分の部屋ではなく、黄泉の部屋のドアノブを掴んでいた。

「………。」

無言でドアを開ける。

黄泉の香りがした。

部屋はほとんど家具や物はなく、殺風景だ。

必要なものしかない。

ふと、ベッドの脇にある棚に目がいく。

誰か来ていないかキョロキョロと後を見回し、いない事を確認すると無造作に一番上の引き出しを開ける。

「…何で」

黄泉が持ってるんだよ、と、続きは声にならなかった。

その中に入っていたもの。

それは母が出ていく間際もずっとつけていた色の大きなリボンだった。


「…陽、大丈夫かしら…」

黄泉が陽のあがった階段を見つめながら呟く。

自身も相当な葛藤と困惑があるだろうに。

「きっと少しの間頭を冷やせばいつものように笑いますって。」

リヒトが精一杯のフォローを入れる。

今のところ、仲間を励ませるのは彼しかいない。

「…そう、ね…」

黄泉が力なく笑う。

「………。」

月はまだ放心状態だ。

一番この過去で堪えたのは月だろう。

彼は黄泉のことを思っていたから。

「…ぼ、僕はただ……記憶の穴埋めをしたくて…皆にも、知って欲しくて、でも陽が…止めてくれたのに…っそうじゃなくて、僕、陽に謝らなきゃ…」

手を顔で覆い、俯く月。

「…それは私もよ、月。私も、私が、過去への扉を開いてしまった。この責任は取るつもりよ。」

…関係なくないしね。と覚悟を決めた。

その顔つきは、何時もの黄泉に少しばかり戻っていた。


「…なんで、黄泉が」

陽はしばらく動けないでいた。

手にはあのリボンが握られている。

見れば見るほどじられなかった。

辻褄は合う。

泉も陽達の母親と同じ血だ。

勿論、陽とも月とも血が繋がっている。

逆もまた然り。

それは陽も同じである。

母親の手の温もりは、とっくに冷えている。

幼すぎて、顔も記憶も朧気だ。

けど。

(…感触だけは覚えてる)

眉間に皺が寄る。

口が緩む。

泣きたいのをこらえる。

答えは、母親は、ずっと近くにいたのだ。

ずっと探していた。

俺はーー

「…陽、」

「……!!??」

階段下で声がかけられた。

ビクッと肩が震える。

「…陽、少し話がしたいの。…それともまだ、怒っているかしら。」

シュンとした、声。

その声は段々近づいてくる。

階段を上る音が聞こえる。

陽は急いでリボンを引き出しに戻す。

そして足音がしないように潜ませて、でも早足で、そっとドアを閉める。

「…陽、そんな所で何をしているの?」

(…ゲッ)

まずい立ち位置だ。

黄泉の部屋の前で出会ってしまった。

黄泉の後ろには、リヒト、月もいる。

ふと月と目が合う。

だが、ふいっと視線を逸らされた。

気まづさが残るような感じだった。

陽も若干気まづくなりながら、黄泉の問いに答える。

「…えと、その、あれだ」

「……?」

黄泉が分からないように首を傾げる。

「…いっイタズラ!黄泉の部屋にイタズラしようと思ったんだよ!蛇の玩具置いてな」

ちょうど持っていた蛇の玩具を見せる。

「…陽、こんな時にお前、また…」

リヒトが何か言いたげに睨む。

どうやら咄嗟の嘘に引っかかったらしい。

これ幸いと陽は胸を撫で下るす。

「…もう、陽ったら。」

泉は少し黙っていたが、安堵したような、少し嬉しそうな、ぎこちない笑みを浮かべ、呟く。

陽のいつもの行動に少しだけ肩の荷が降りたのかもしれない。

何時もの優しい黄泉の顔だった。

「少し、話がしたいの、陽。…良いかしら。」

「…あぁ。」

軽く頷き、一同は下へ降りた。

「…で、話ってなんだよ。」

キッチンを背に陽、その向かいに月と黄泉が、3人の横にリヒトが立っている。

リヒトは最初

「俺が聞いていい話じゃないです」とその場を後にしようとしたが、黄泉が聞いていて欲しいと言ったため、聞いている。

「…まずは…ごめんなさい」

黄泉が深々と陽に向かって頭を下げた。

「陽が必死に守るうとしていたものを、良く話し合わず見てしまった。一一貴方を傷つけてしまった。」

黄泉が静かに話す。

その言葉に続けて、月も口を開く。

「…僕も、自分が見たいが為に陽の気持ちをちゃんと理解してなかった。…ごめん」

2人は深く頭を下げた。

その様子を見て、陽は目を見開く。

が、すぐに呆れたようにため息をついた。

「…別に、お前らが後悔する事がなきゃ良いんだよ…」

それからまた自虐的に笑う。

「…ま、俺だけが苦しむだけの方がまだ良かったけどな」

何時もの陽では考えられない、しおらしい様子。

「「それは違う!!」」

大きな反発の声が店内に響く。

黄泉と月だ。

「…それは違うでしょう。貴方だけが苦しむなんて、それこそ私達が後悔する事になるわ。…そんな事、言わないで。」

悲しげな視線を向けながら、黄泉は呟いた。

「…分かった。」

少し顔を赤らめ、視線を宙に動かした後、小さく答えた。

「…バ、バーカ!!」

突然、店内に悪口が響く。

驚いた様子で黄泉が後ろを振り向く。

その視線の先にいたのは月だった。

「つ、月?」

リヒトが困惑した様子で尋ねる。

「いっつもいっつも肝心な時に陽って本心を話さないよね!前の時だってそうだった!口を悪くして誤魔化してるけど、結局それって臆病じゃないか!!」

少し震えながら、今まで思っていた事を振り絞るように月は叫ぶ。

初めての怒鳴りに誰もが驚きで声がでない。

しかし、

「てめえ、いきなり何言ってんだよ。いつも弱虫の泣き虫のクソ弱悪魔が。」

強い視線で月を睨む。

「…な、なんとでも言いなよ。ぼ、僕はもうそんな泣き虫じゃない!...それに、そんな事じゃなくてーー」

ドゴッッツ

一瞬のことだった。

月が後方へ吹っ飛び、壁に頭を打つ。

「月!!」

黄泉が声をあげ、月へ近づく。

額から垂れた血を、ハンカチで拭う。

月は痛そうに顔を歪める。

「…な、何して…」

「…あ?何して、じゃねえよ。売られた喧嘩を買っただけだ。殴り合いがしてえんじゃないか?月。」

煽るように嗤う。

「…違う。陽と久々に喧嘩がしたかったんだ。」

ヨ口ヨロと立ち上がる月。

それを鼻で嗤う陽。

「はっ喧嘩?弱虫のお前が?ありえね...けど!」

カウンターからのパンチ。

先程と反対の頬を、陽の強い拳が当たる。

月はまたふっ飛ばされそうになるが、堪えて何とか立ち止まる。

すぐに陽の元へ走り 1発殴る。

が、パンチが弱かったのか、陽は鼻で嘲笑うと今度はお腹に拳を当てる。

「…うぐっ」

月が呻き声をあげ、唾を吐く。

胃液も口の中で溢れ、苦い味が広がる。

そこからは長い戦いだった。

陽の煽りと怒号が響き、月は精一杯の反抗の声をあげながら、陽の攻撃を何とか防ぐ。

が、防ぐだけが精一杯で、攻撃ができない状況が続く。

殴り殴られ、店内は物が壊れる音と、二人の叫び声でいっぱいになっていた。

リヒトと黄泉は部屋の隅で飛んでくる物に気をつけながら見守る。

あまり広くない部屋だ。

部屋が荒れるのに時間はかからない。

そして、二人は黒魔だ。

人間ではない。

人間以上のパワーと身体能力がある。

陽が戦闘に特化しているだけで、月もそれなりに強い。

二人は何をするのかも忘れるほどに、長い時間戦い続けた。

暫くして、二人は殴る手を止めた。

月が静かに呟く。

「…僕は…僕はただ陽とまた笑いたかったんだ…!最近ずっと空気が重苦しくて、陽も、皆も哀しそうで…」

「…また、皆でご飯食べられないのかなぁ?」

泣いているような笑っているような、半泣き状態で月は呟いた。

「…ぷッ…」

暫くして、陽が堪えきれない笑い声をあげた。

ひとしきり笑った後、眉をへの字に曲げて笑い、月を見た。

「…お前、そんな事の為に俺と戦ったって言うのかよ…どこまでも笑える奴だな。」

「…わ、悪かったね」

視線をズラし、恥ずかしそうにする月。

「...あーあ、なんかもう吹っ切れたわ。お前のせいで。」

「陽?」

隅で座って見ていた黄泉が立ち上がり、呟く。

「過去を知ったなら知ったでもう関係ねー。俺は明日から、いや、今からサボる!!」

ニッと何時ものイタズラっぽい笑顔を見せた。

月と黄泉、リヒトは顔を見合わせ、微笑んだ。

ようやく、カフェ死神に明るい兆しが戻った。

陽は荒れた店内で、叫んだ。

「腹が減った!」


***


あの世の通行口、黄泉路にはカフェがある。

暗くて、光のない道で、ぼんやりと妖しげな光を放つ。

そしてその暗闇の奥に見える一筋の光の先で一人の少女は笑う。

「いらっしゃいませ。……ようこそ、カフェ死神へ。」

《完結》

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